17: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:17:23.93 ID:rNK9Zl/t0
テーマパークのアトラクションは、待ち時間こそ長かったけれど人気なだけあってクオリティが高く、どれも存分に楽しめるものだった。
並んでいる間、少し声をひそめながらもアイドルとしての歩みを振り返ったりして、慣れてくれば胸の高鳴りだけを残して穏やかに時間が過ぎる。
「もうすぐ閉園時間ですね。あと一つ、乗れるか乗れないか……」
「きっと、難しいと思います。もう並べません、って看板を立てているアトラクションも、多いですから」
「じゃあ、名残惜しくはありますけど、軽く一回りして出ましょうか。アトラクションの電飾が、イルミネーションみたいで綺麗ですし」
すぐにここを出なかったのは、この時間を引き延ばしたいと思ってしまったから。
それは多分、良いことではないのだけど。
ゆっくりと歩いていると、不意につないでいた手がほどけた。
振り返ると、二歩分の距離を置いた場所で、三船さんはうつむいていた。
「美優さん?」
「プロデューサーさん。少し、話を聞いてもらえませんか」
耳慣れない響きに、そういえば今日、今に至るまで一度も彼女からそう呼ばれていなかったと気づく。
偶然か、意図的か……その表情を見て、きっと後者だろうと感じた。
「以前、お仕事に行く前に自分が楽しげな顔をしていて、嬉しくなったという話をしたと思います」
沈黙を肯定と受け取ってか、彼女はぽつりぽつりと話し始める。
それを聞いたのは、海でCM撮影をした時だったか。
「でも、気づいてしまったんです。私が本当に楽しみにしていたのは……アイドルとしてのお仕事以上に、あなたと話す時間なんだ、って」
「……! そんな、ことは」
「ありますよ。私のことですから、わかってしまいます。最初に気づいたのは、プロデューサーさんでしたけど。……だって、撮影の時より、プロデューサーさんの前でこの話をした時の方が、きっと明るい表情をしていたはずです」
つい最近思い至ってしまった可能性が、真実であることを告げる言葉。
彼女が語っているのはそういう類のものだ。
僕には応えられるはずもない、告白。
「ごめんなさい。本当は下見のつもりなんてありませんでした。欲しかったのは、思い出と、勇気です」
「薄々、わかってはいましたけど、僕は……」
「いいんです。プロデューサーさんは、それで。そんなプロデューサーさんだから、信じて、支えにすることができたんです」
「あの、三船さん。待ってください、そんな言い方」
話を続けたら、致命的な方向に話が進んでしまいそうな気配を感じて、どうにか止めようとする。
僕にだって、言わなきゃいけない言葉はあるはずなのだ。
その正体を、僕自身がまだ見つけられていないだけで。
だけど彼女はたんっ、と一歩こちらへ歩み寄り、たしなめるように薄く笑った唇に人差し指を当てる。
「美優、ですよ。今は、まだ」
「……っ」
眉を下げた三船さんの表情に、息が詰まる。
いつだってそうだ、彼女の感情の動きを目にするたび、僕は心を揺らされる。
「だから、あと一つだけ、思い出をください」
さらにもう一歩、距離を詰められる。
僕が一歩下がろうとするのと、彼女が背伸びをするのが、ほぼ同時で。
「……好きです」
僕は彼女に、口づけを捧げられていた。
「んっ……っはぁ…………。プロデューサー、さん」
彼女の唇の感触に、なまめかしく漏れる息に、焦げ付いてしまった思考回路は言葉を生み出すことができない。
「これで最後にしませんか。プロデューサーさんと私の関係は……ぜんぶ」
だけど、別離を告げられていることだけは、わかった。
これを伝えるために、今日という一日があったことも。
「私、ただのアイドルとしてあなたの隣にいられるほど、強く、ないんです」
初めて出会った時よりもずっと苦しげで、悲壮な覚悟を感じさせる表情を、僕はただ見つめることしかできなかった。
27Res/57.27 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20