三船美優「最後にキスをして」
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16: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:16:10.61 ID:rNK9Zl/t0
 ぎこちなく目を伏せて、二人並んで歩き出した。
 目的のテーマパークは流行りというだけあって大混雑で、何をするにも数十分単位で待たされそうな有様だった。
 とりあえずは入場のための列に並ぶ。

「予想はしてましたけど、混んでますね……」

「はい……。乗るのはリポートするものに絞ってきたんですけど、それでも待つことになりそうです」

「はは、頑張って話題探さなきゃ」

 係の人の指示に従って詰めて並ぶと、お互いの距離はけっこう近くなる。
 今更これくらいで、と自分に呆れていたら、右手に柔らかく、ひやりとした感触。

「……! 美優、さん?」

「あ、の、近くて。……駄目ですか?」

 彼女の指が、所在なさげに僕の手の上をなぞる。
 返事をせず、答えを出すことを避けて、ただその手をおそるおそる握った。
 汗ばんでやいないだろうかと、そんなことがやけに気になる。

 三船さんの顔を見れなくなる自分の初心さに、なおのこと気恥ずかしさが増した。
 何を話そうとしていたのかも頭から吹き飛んでいる。
 幸か不幸かあまりにも余裕がなかったものだから、中身のない会話をぽつりぽつり交わすだけの入場待ちは、体感的にはほぼ一瞬だった。

「ええと、最初は、どこに向かいますか?」

「まずは、地図のここの……」

 入り口で渡されたマップを二人で覗き込む。
 手はつないだまま、空いた方の手でそれぞれ紙の端っこを持つ姿は、やや不恰好だ。
 でも、手を離したら多分二度とつなぎ直す勇気を持てないような気がして、お互い見づらい姿勢について言及することはなかった。

 三船さんの手を引いて歩いていると、道行くカップルが当然のように手を繋ぎ、空いた手にスイーツやらドリンクやらを持ってこの場所を満喫する姿をたびたび見かける。
 そうしているうちに、過剰なまでの恥ずかしさは少しだけ引いていく。

「何か買って食べますか。きっとまた並ぶことになりますし」

「……とりあえず、飲み物を」

 僕は頷き、手近な屋台でドリンクを買うことにする。
 特にこだわりはなかったものだから、「カップルさんにはこちらがおすすめですよ〜」という店員さんの言葉に「じゃあそれで」と答えてしまったのが間違いだった。

 手渡されたのは、なにやらぐるぐるとハート型を描いた二本のストローをたたえる、大きなプラスチック容器。
 飲み方は、言わずもがな。三船さんと二人してじっとそれを見つめる時間が数秒ほどあった。
 というかどう考えても持ち運ぶタイプの容器ではないと思うのだけど。

「す、すみません、適当に頼んじゃって」

「い、いえ……。の、飲みましょうっ……!」

 何か壮大な決意を感じさせる一声に押されて頷く。
 いや、それだけの覚悟が必要なのも納得なのだけど。

 ぎゅっと目を閉じてストローに口をつけた三船さんに一拍遅れて、ためらいながらももう一つのストローを口に含む。
 ちゅぞ、と二人でドリンクを飲むと、直接触れているわけではないはずなのに、背徳感のようなものを感じてならなかった。

 喉をうるおすどころか緊張で喉が渇いてしまいそうな時間を終えて、真っ赤になった彼女を見る。

「……美優さん、これ、同時に飲まなくても大丈夫……ですよね」

「そう、だと思います。……これは、ちょっと……恥ずかしいです」

 同意が得られたことにほっとする。
 飾り立てられた容器には悪いけれど、本来の意図を果たすことはもうないだろう。

「でも、後でもう一回だけ……やりたい、かも、しれません」

 ……多分、果たすことはないはずだ。いや、どうだろう……。


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