13: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:13:32.44 ID:rNK9Zl/t0
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「で、最近どうなんだよ? 美優ちゃんとは」
「どう、って……。知っての通りそこそこ順調です。大ブレイク、って売れ方じゃないですが、ファンも増えてきました」
先輩の「どう」という問いに対して、僕が最初の答えで彼を満足させたことはない。
今回も例に漏れず「そうじゃねえよ」と文句が返ってくる。
大きなライブに向けての準備で忙しくしていた先輩は、それが一段落して少しした今日、いつものように唐突に僕を飲みに誘った。
初めこそライブの苦労話だのどこそこの誰それが気に食わないだのといった話に付き合っていたのだが、やがて満足したのか矛先を僕に向け始めた、という次第だ。
「気ぃ使って最近は飲みに誘わないでおいてやったってのに、色気のある話一つ聞かせられねぇのか、お前は」
「プロデューサーとしてもう少し尊敬できる発言をしてください」
「俺は業績の話を聞きたいわけじゃねーっての。そんなもん社内の資料をちっと漁ればわかるだろうが」
僕の苦言をスルーした先輩の言い分は、要するに酒の肴にちょうどいい話をしろ、ということだろう。
勘弁してほしい。
「そうだ、もうそろそろ三船さん単独のCDを出してもいいんじゃないかって話があって」
「それも知ってる。だが、めでたいことじゃねーか」
「まあ、それはそうなんですけど……」
「どうした? 美優ちゃんが有名になってイチャイチャしづらくなるのが不満か?」
口ごもる僕に、先輩は毎度のごとく下世話な冗談を投げる。
「そんなんじゃありませんから」と適当にあしらって、何と言ったものかと頭を悩ます。
「ただ、むしろ三船さんの方が、有名になっていくことに抵抗、みたいなものがあるみたいで」
「ほーん? まああの子、恥ずかしがり屋で引っ込み思案だもんな。ま、そこがイイんだが」
「そういうのとも、ちょっと違う気がするんですよねぇ……」
先輩はひとしきり訝しんだ後、「そこまできたらお前にしかわかんねーだろ。ちゃんと話聞いてやれよ」と放り投げた。もとより人に頼って解決するとも思えなかったが、やはり自力でどうにかするしかないらしい。
最近の三船さんは時折、大きな仕事に対して気乗りしない様子を見せた。
萎縮しているのかと思って背中を押してみても、「やりたくない、わけではないんですけど……」と言葉を濁すばかり。
ちょうど今、僕と先輩がしたようなやり取りに似た応酬が、三船さんと僕の間でも行われていた。
「まー、久しぶりに飲みに誘った甲斐はあったな。よーし今日は飲むぞ! 飲んで悩みなんか忘れちまえ!」
豪胆かつ身勝手な物言いに、呆れを通り越して笑えてきた。
付き合わないと帰らせてもらえないだろうなあ、と思いながら今日は薄い酒を頼む。
「お前のことだから美優ちゃんのこと好きなままだろ? その辺の情けない話も吐き出してけよ、な?」
ついでに、もし先輩が「美優ちゃんも連れて飲みに行こうぜ」だとか言い出した日には断固拒否できる意思を持たなければ、とも強く思った。
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