双葉杏「透明のプリズム」
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86: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:59:07.07 ID:OJA0wgUK0


――「緑色の空」の話、覚えてる?


彼の反応は、意外にもあっさりとしていた。
彼から返ってきたのは、ああ、という相槌に近い返事だった。


「そういえば、そんなこともあったね」

「覚えてるの? 随分と前のことなのに」

「そりゃ、覚えてるよ」


同時に私は、彼にとって「緑色の空」が、ただのなぞなぞ以上の意味を持っていることに対して確信を強めた。
「緑色の空」の話を思いつきで口にした程度なら、そんな些末なことを覚えているはずがない。
たまたま記憶に残っていた可能性も無きにしも非ずではあるけれど、それは彼がそれを覚えていることが当然であるかのような口ぶりで話していることと食い違う。


「あれってさ、どういう意味なの」

「意味? ……ああ、問題文の意味が分からないってことか」

「違うよ。あの問題の意味というか、存在理由というか」

「何だそりゃ」


プロデューサーは穏やかな含み笑いを見せた。
随分と難しいことを考えてるんだな。
私を小馬鹿にするように呟いて、目の前のコーヒーを啜る。
――彼のその、私の言葉を相手にしようとしない態度は珍しいものではなかったし、私とて他人の何気ない言動にいちいち腹を立てるほど子供でもなかったのだけれど、その態度は私にもやもやとした影を落とした。


「ね、教えてよ。どうしてあんなクイズを出したのさ」

「どうしてって言ったって……。気分だよ」

「せめてもっとマシな嘘を吐いてよ」


彼は参ったというように首の付け根に手を当てた。
私に構うのが面倒だと言わんばかりの表情だった。
私は彼が、質問の返答として適切な言葉を考えているのではなく、その場を穏便に済ませるための文句をこねくり回していることをうっすらと察していた。

彼が口を開く。思い返せば、私は随分と身構えていた。
先ほどの彼の、私を冷やかすような態度に対して拗ねていたんだと思う。
私は彼の返答から綻びを見つけ出し、矛盾点を彼の目の前に突き付け、崖際まで彼を追い詰めることに躍起になっていた。
嘘が吐けなくなる状況にまで彼を追い詰めて、そして本音を引っ張り出そうとしていた。


「杏」


とどのつまり、私は彼の喉元から弁解の言葉以外の何かが飛び出ることを、全く予期していなかったのである。




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