85: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:58:36.55 ID:OJA0wgUK0
「杏」
思考の海に潜っていた私を、プロデューサーが現実へと引き戻した。慌てて生返事を返すと、彼は首をかしげた。
「大丈夫か? なんというか、上の空みたいだけど」
「あ、うん。ちょっとね」
頭の中で、ついさっき生まれた結論をこねくり回してみる。
なぞなぞの答えを出して欲しくない状況というのはたくさん思いつくけれど、そのいずれも極端な状況で、今の私たちには合致しない。
「映画のアクションが予想以上に激しくて、疲れちゃったんだよ」
ふと、思い付きの嘘を口にしてみる。
嘘を吐くのは嫌いではなかった。
昔はよく嘘を吐いてはいけないと教えられたものだけど、私は嘘を吐くことの罪の大小は嘘のもたらす結果にのみ左右されると思っていたから、小さな嘘を吐くことに抵抗が無かったのだ。
それに、彼もよく嘘を吐いていた。
お互いに嘘を吐き合って、でもそういう嘘が私たちの関係を円滑に進ませることを、二人とも熟知していた。
「そんなに激しかったかな」
プロデューサーは私の嘘を鵜呑みにしていた。
彼は嘘を吐かれていることに気付かない。
無理もない。
疑うことは疲れる。信じるために頭を働かせる必要は無いのに対して、疑うためには常に頭を働かせなければならない。
それに、疑い尽くして嘘を暴いたところで、得られるのは私が些細な嘘を吐いたという事実と、その嘘に理由はないという空虚な真相だけなのだ。
彼の目をじっと睨んでみる。
彼もこうやって、半ば無自覚に小さな嘘を積み重ねているのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
緑色の空の話。
彼はきっと、あの件に関して、何かを隠している。
彼が「もしもの話」をしたとき、あのときと同じように。
彼は本心を、嘘と演技で覆い隠している。
「プロデューサー」
だから私は、踏み込むことにした。
彼の目の奥、心の中に。
「あの……さ」
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