73: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:50:45.85 ID:OJA0wgUK0
「私、今のプロデューサーのところに残ることにするよ」
今度のプロデューサーは冷静だった。
流石に二回目ともなると、心の準備も出来ているのだろう。
分かった、と念押しのように言うと、私から返事が無いのを確認して、それから炭酸の蓋を開けたときのように、口内に貯め込んでいた空気を一気に吐き出した。
私がその意志――今のプロデューサーのもとに留まる意志を強くしたのは、私が元プロデューサーのところに戻ることになっていると伝えられたときだ。
あの感覚をどう形容すればいいのだろう。焦燥感という言葉が一番相応しいのかもしれない。
あのとき私は、プロデューサーのもとに戻ることを恐れていた。
もし私が彼の担当アイドルに復帰するのなら、彼にとっての私は、世間一般のために上手に拵えられたアイドル双葉杏に戻ってしまう。
この日まで私がやって来たことが、全て無かったことになる。
それだけは避けたい。
私は、元の関係には戻りたくなかった。
せっかく巻いた螺子を、空回りさせたくはなかった。
それは、一人の人間として認められたいがゆえの選択だった。
かつて私と彼とを繋ぎとめていた糸を断ち切ってまで、私は彼に認められようと必死に背伸びをしていたのだ。
「杏の」
口を開いたのはプロデューサーだった。
「杏の考えてることは、ときどき分からないよ」
「そうかな」
そんなことを言いながらも、彼は随分と、憑き物が落ちたような顔をしていた。口元を綻ばせて、穏やかな笑顔を見せていた。
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