63: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:44:45.89 ID:OJA0wgUK0
「杏、今のプロデューサーのところに留まろうと思うんだ」
瞬間、プロデューサーの身体が、跳ね上がるように震えた。
その様子があまりにもおかしくて、私は吹き出しそうになる。
ぐっと堪えて、真顔で演技を続ける。
「なんというか、担当をいちいち変えるのってめんどくさいでしょ。そういうわけだから、よろしく」
あえて軽口のように言い切ってみる。
神妙な顔を保ったまま、彼の様子を窺う。
私の予想以上に、彼は動揺していた。
必死に動揺を隠そうとはしているのだけれど、目はあちらこちらに泳いでいるし、手は落ち着きなく、まるで砂をかき集めているかのような動きをしていた。
「えっと、うん、分かった……。そうだね」
それから彼は、上ずった調子で力のない返事をした。
体裁を取り繕おうとはしているのだろうけれど、そこまで気が回らないのか、言葉の節々が震えているのが窺えた。
――ここまで動揺するとは思っていなかった。
少しは私が今のプロデューサーの担当アイドルであり続ける方の選択肢を選ぶ可能性も考慮したらどうなの、と思う。
現に私は、今のプロデューサーを選ぶつもりだった訳なのだから。
やはり、彼の頭の中にいる双葉杏と、本当の私との間には、幾分かの乖離がある。
思い返せば、今までもそうだった。
彼は私を、どんな方向性であれ、形容詞ひとつで言い表せる人間だと思っている。
あるいは、誰に対してもそうなのかもしれない。
この前までは私のことを面倒臭がり屋だとしか認識していなかったし、今は恐らく、自分のことを慕う年下の友達とだけ認識している。
彼は本質的には変わっていなかったのだ。
人間の誰しもが保有する多面性の存在を知りながらも、本当にそれが実在することを信じていなかったのだ。
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