57: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:39:52.79 ID:OJA0wgUK0
「……いきなりどうしたんだ?」
バックミラーを覗いて、彼の顔を窺う。
顔中に疑問符が浮かんでいた。
当時の私はその理由――彼が私の言葉を不思議に思う理由は、なんの文脈もなく込み入った話をし始めたからだと思っていた。
でもそれは半分間違っている、と今なら思える。
彼もまた、私を見誤っていたのだ。
元のプロデューサーと同じだ。
私の演じている双葉杏を、私そのものだと誤認していた。
だから彼は、「双葉杏」からそんな言葉が出ることに驚いていたのだ。
「まぁいいじゃんか、答えてよ」
「えっと」
私の心臓はゆるやかに、でも着実に鼓動を速めていく。
全身に冷たい緊張感が走る。
私はそれを悟られないように、窓の外を眺めているふりをしていた。
質問の意図はふたつあった。
ひとつは言うまでもなく、今のプロデューサーに選択をしてもらうためだ。
もし今のプロデューサーから、負のイメージの言葉が飛び出れば、私は元のプロデューサーの担当に戻ることを決断する。
逆にそれが正のイメージならば、私は現状維持の選択肢を選ぶ。
もうひとつの意図は、私の不安に由来している。
当時の私は、私が今のプロデューサーの足枷になっていないかを気にしていた。
双葉杏というアイドルのもつ性質は、根本的にプロデューサーに負担をかけるようにできている。
一線を踏み越えない程度とはいえ遅刻や寝坊を繰り返していたのは事実だし、仕事を持ってくれば口から飛び出すのは文句や愚痴。
楽屋やレッスン室からなかなか動き出そうとしない私を車に乗せるだけでも一苦労だし、何ならアイドルの仕事を嫌々やっているようにすら見える。
そんな私のプロデュースに、いつ今のプロデューサーがモチベーションを失ってもおかしくはなかった。
私にとってはこの瞬間は、言わば審判のようなものだった。
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