55: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:38:56.26 ID:OJA0wgUK0
☆
「プロデューサー」
話はここで、事務所へ戻る途中の車内に移る。
私がプロデューサーと呼ぶ人間はふたりいる。
「今の」プロデューサーと、「元」プロデューサーだ。
そして今、私の目の前で車の運転に勤しんでいるのは、「元」プロデューサーではなく、「今の」プロデューサーだ。
運転中の彼はしばしば、険しい顔をしていた。私と面と向かっているときには絶対に見せない、無自覚の表情だ。
私が話しかけたことに気付くと、その表情は一転して見慣れた柔和な表情へと変貌する。
彼は社会人固有の二面性を持っていた。
しかしそれは前のプロデューサーが持ち合わせていなかった性質で、それを垣間見る度に私ははっとさせられた。
薄気味悪く感じられもしたし、彼が自発的には私に見せようとしない裏側の部分を、もし私に見せるような時があったら――そんなことを想像するだけで、私は暗闇で背筋を撫でられるような爆発的な恐怖を感じずにはいられなかったのである。
「アメ。ない?」
「鞄の中。好きなの取っていっていいよ」
鞄を引き寄せて中を探る。
手探りで引き上げた飴の大袋は、既視感のあるようなないような、不思議なパッケージデザインをしていた。
飴玉をひとつ取り出すと、夜に覆われて薄暗い車内でも、その飴が独特の形状をしているのが分かった。
目を凝らしてみれば、飴玉は作り物のような青色をしているのが窺えた。私は脳内で味に当たりをつける。
「これ、不思議な形してるよね」
「星型のやつか」
「うん」
味で攻め、色で攻め、形で攻める。
十人十色と言うけれど、飴玉のようがよっぽど個性があるんじゃないか。
そんなことを考えながら、飴を舌で転がしてみる。
私の予想通り、その飴はソーダの風味だった。
ただひたすらに甘ったるいだけではなくて、夏休みに見上げる青空のような爽快感があった。
飴を舌で撫でながら、私は今日も件の二択問題について考えていた。
考えるといってもそれは思いを巡らす程度のもので、決して生産性があるようなものではなかった。
そもそも私自身はこの問題に「どちらを選んでも大した違いはないから、私にとってはどちらでもいい」という結論を既に出していたのだから、今更思考や議論の余地など存在しなかった。
要するに、お手上げだったのだ。
しかし同時に、この停滞から抜け出す方法を私は知っていた。
自分で決められないのなら、誰かに選んでもらえばいいのだ。
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