双葉杏「透明のプリズム」
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53: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:37:52.69 ID:OJA0wgUK0


「もしもの話、ね」


そうやって少し頭を働かせてみて、私は確固たる理由をもって選択肢のどちらかを選ぶことが出来ないことに気付いた。
当たり前だ。

仮に担当が元のプロデューサーに戻ったところで、私を取り巻く環境は変わらないはずだから。
このまま今のプロデューサーの担当アイドルを続けるとして、何かが変わるわけではない。
一方で、私が元プロデューサーの担当アイドルに戻るとして、やっぱり何かが変わるわけではない。

だから私は本来なら、どっちでもいい、と即答すべきだった。


「少し、考えさせてよ」


私が保留を選んだのは、今の均衡状態を保持したい自分と、やっぱり元に戻りたい自分、その二人が脳内に同居していたからだ。

今の状態は壊したくない。アイドルとしての仕事の量は、決して少なくはないけれど、特に問題なくこなせる程度だった。
今のプロデューサーとの関係も悪くはないし、それに、プロデューサーの担当に戻らなくても、プロデューサーに会うことは出来ている。
あくまで可能性の話だけど、プロデューサーの担当に戻って、何か面倒なことが起こりでもしたら大変だ。無理に今の状態を崩すことはない。

でもそれなら、プロデューサーの担当を外れるのが決まったときの、あの苦痛は何だったんだ、という話になる。
あんなに苦しんでたじゃないか。
なのに今になって、せっかくその権利が与えられたのにそれを行使しないというのは、筋違いだ。


「ああ」


プロデューサーはさっぱりと言葉を返した。
それからは、風船が割れた後のように静かだった。
少しだけ時間が経って、プロデューサーが思い出したかのように「もしもの話だけどな」と言ったのが印象的だった。

――彼は何故か体裁を気にしていた。
彼の質問が、単なる「もしもの話」なんかじゃなくて、重大な選択問題であることに私が気付いているのは明らかだったのに、彼はなおも「もしもの話」という設定を維持しようとしていた。

無理に取り繕わなくてもいいじゃない。
私はそう返そうとして、でも思い留まった。
その言葉は、私たちの関係における一線を踏み越えている気がしたのだ。




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