46: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:32:40.30 ID:OJA0wgUK0
「あのね。プロデューサー」
雨の降り始めのように、ぽつりぽつりと話し始める。
私は何としてでも、このことを彼に伝えなければならない。
伝えなければ、一生一方通行のままだ。
「その杏は、アイドルの杏であって、あくまで私じゃないんだよ」
驚きを湛えていた彼の表情はさらに、疑問の色で上塗りされていく。
それでいい。プロデューサーが今まで理解できなかったことを理解してもらうために、私はこの部屋を訪れたのだ。
「プロデューサーが今まで追いかけてきた杏は、世間一般のニーズに応える双葉杏ってアイドル像であって、本当の私は別に存在するんだよ」
「だから、さ」
「そのふたりを、一緒にしないでほしいな」
「今の私は、本物の私なんだよ?」
そこまで言い切ると、私は首元が苦しくなるような、そんな錯覚に襲われた。
水銀のようなひやりとした汗が額を走って、ソファーに滴り落ちていくのが見えた。
右頬に触れてみる。火傷でもしてしまいそうな温度だった。
私は赤くなっていた。
慌てて火照った顔をうさぎのぬいぐるみで隠して、それでいての耳の隙間からプロデューサーの出方を窺う。
プロデューサーは固まっていた。
え、とか、ああ、とか、排気口から漏れ出す風のような、こもった声を出していた。
その様子は、営業先に向かってはきはきと喋る普段の姿と、まるっきり別人だった。
何を言うわけでもなくひたすら狼狽える彼の姿は、やはり私の嗜虐心を刺激する。
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