双葉杏「透明のプリズム」
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38: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:27:41.74 ID:OJA0wgUK0


「ね、それよりもさ」


時計は九時を回ったあたりを指していた。
レモンの飴が口内を散々跳ね回って消えた頃合いで、私はやらなければならないことを思い出した。
――プロデューサーに、平日の昼間以外で私がこの部屋に来ることのできる日時を尋ねなければならない。
すっかり忘れていたけれど、そもそも今日ここに来た最たる要因は、今日が春休み最後の水曜日だということだ。


「何だ?」

「えっと」


私は前のめりになっていた。前のめりというのは体勢の話ではなく、私の会話に対する姿勢の話だ。
言い換えるなら、私は状況を進展させるのを急ぎすぎていた。
それよりも、の後に続ける言葉を考えていなかった。

急かされていれば、思いつくはずのことも思いつけなくなるものだ。
頭を回転させようとするけれど、何ともかみ合っていない歯車がぐるぐると空回りするように、私の脳は無意味にエネルギーを消費するだけだった。
軽率に口にした言葉は上空にぐんぐんと浮かんでいって、二度と取り戻せはしないような高さで、それに続く言葉を待っている。


「それよりも、何だよ」

「何だっけ」


そんな会話に関する一連のやりとりはあまりに面倒だった。
何もかも放り出したくなったから、私はソファーに倒れこんだ。
革製の黒いソファーはひんやりとして心地が良い。
体の動くままに、何となく目を閉じてみる。
頭の位置が低いのが気になって、左手に握っていたうさぎのぬいぐるみをソファーと頭の間に挟んだ。




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