双葉杏「透明のプリズム」
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30: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:21:50.01 ID:OJA0wgUK0







間違えた、と思った。
7階で私を飲み込んだエレベーターは、水に沈むようにじわじわと下降する。
エレベーターの半無重力状態の中で、私は自分の行動を思い返していた。


客観的に自分を見てみて、初めて気付くことがある。

最初に私は拗ねた演技をしていた。
プロデューサーの困惑した様子を見るのが、何となく楽しかったからだ。
それから矢庭に押し黙った。
その理由を測りかねたプロデューサーがしつこく私に言葉を迫るから、私は本当に拗ねた。
そして――逃げた。

ここまではいい。
問題は、逃げた私が去り際に置いていった言葉の方にある。


私は選択を間違えたのだ。
私の口にした言葉には、部屋を出るときの挨拶には決して匂わせてはいけなかったはずの、言外の意味が含まれている。

私が本当に言うべき挨拶は、例えば「またね」とか、あるいはもっと具体的に「来週までにアメ用意しておいてよね」とか、私に怒りの感情がないことを示す言葉でなければならなかった。

――あんな場面で「じゃあね」なんて突き放すような言葉を投げかけられてしまえば、誰だって愛想を尽かされたと感じてしまうに違いないのだ。
私はプロデューサーに、あまりに自分がしつこい態度をとったせいで、私がプロデューサーに嫌悪感を抱き、怒りに任せて部屋を出ていった、と勘違いをさせてしまったのだ。


私はあのとき、プロデューサーに怒りの感情を決して抱いていなかった。
いや、抱いていたとしても、それは怒って部屋から出ていくほどの怒涛を湛えていたわけではなかった。
私が途中で本当に拗ねていたのだって、私の心の中に常時渦巻いていた、プロデューサーに対する思い――プロデューサーと一緒に居れればそれでいいという私の深層心理――に思い至って、微熱を帯びたような恥ずかしさを感じたからだし、プロデューサーの意図を汲まずに部屋から立ち去ったのだって、私がそうやって恥ずかしがっている理由を積極的に露わにできるはずもないからだ。

でも、私が突然いじけ始めたのも、その理由を話さないのも、動き出したかと思えば部屋から出ようとするのも、あるいは「じゃあね」という去り際の言葉も、理由はどうあれ私がプロデューサーに腹を立てているように見える。
――当時の私がこんなにも冷静に自己分析が出来たかどうかは怪しいけど、私は概ね同じようなことをエレベーターの中で考えていたのは確かだ。


せっかく、プロデューサーに会いに行ける口実が出来上がっていたのに。
私は、それを自ら潰してしまったのだった。




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