双葉杏「透明のプリズム」
1- 20
25: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:17:33.52 ID:OJA0wgUK0


プロデューサーは相変わらず暇そうにしていた。
タブレットを真っ白な布で拭いていて、いよいよやることがないらしい。
サボってるわけじゃないよね、と念を押すと、プロデューサーは「むしろ仕事が欲しい」と嘆いた。


「それは理解が出来ないよ」

「社会人になるとな、仕事以外にやることがなくなるんだよ」


私は社会人になった自分を想像してみる。
自分で言うのもなんだけど、小学生がスーツを着ているようで、あまりに不自然だった。
――コーヒー味の飴は既に半分ほどの大きさになっていた。
噛み砕いてしまおうとしたけれど、気が変わって、もう少し舐めていることにした。


「そういえば」

「どうしたの」

「杏はお昼ご飯を食べていなかった」


お昼休みはとっくに終わっていた。
気付かない間に、長針は文字盤の上を2周半回っていた。
私の言葉はプロデューサーを幾許か驚かせたようだったが、その驚きは、お昼ご飯を食べていなかったことそのものよりも、その事実に今の今まで気付かなかったことから来ているらしかった。
うさきのぬいぐるみの耳をまとめて握りしめる。
ソファーを立ち上がると、胃に風穴が開いたような空腹感が不意に襲ってきた。


「あのさ」


帰り際に、ふと振り返る。
プロデューサーは右手で器用にボールペンを回しながら、暇そうに頬杖をついて、天井の模様を眺めていた。
そういえば、昔のプロデューサーは――私を担当していた頃のプロデューサーのことだ――ずっとせかせかと動いていた。
今のプロデューサーがこれだけ時間を持て余しているのは、種を植えてしまえばあとは芽が出るのを待つばかりなのと同じなのだろう。


「また、アメを舐めに来るよ」


プロデューサーの視線は一瞬だけ私に移る。
「ああ」と一言だけ答えると、視線はすぐに天井に戻った。
情けなそうに口元を綻ばせていたのが印象的だった。


なぞなぞの答えを聞き忘れたのに気付いたのは、日が暮れてからのことだった。
また聞きに行けばいいか。ちょうど、口実も出来たんだし。
そう考えて、その日の私はそれ以降、緑色の空のことを考えるのをやめた。




<<前のレス[*]次のレス[#]>>
117Res/151.02 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice