【ミリマス】馬場このみ『衣手にふる』
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72: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:16:33.20 ID:eH8hmcZZo

それから、まるで走馬灯のようにいままでの出来事が思い起こされていった。
このみは左手に添えようとした右手が、持っていた資料の束にあたり、かさりと音を立てるのを聞いた。


73: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:17:32.92 ID:eH8hmcZZo

私が初めて公演のステージで歌うことが決まったとき、実のところ怖さの方が大きかった。
夢や憧れだけで願いは叶わないなんてことは、昔からよく知っているつもりだったし、
この世界へと飛び込んだ選択が正しかったのかなんて、いくら考えても分かりそうになかった。
ただ、一度後ろを振り向いてしまったら、何かに肩を掴まれて、そのまま引き摺り込まれてしまいそうな気がした。
以下略 AAS



74: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:18:06.05 ID:eH8hmcZZo

当の公演の直前も、そうだった。
足は震えていたし、声も上擦っていた。
他のアイドルやスタッフ、プロデューサーと話をしたりしてようやく落ち着くことができたけれど、
心の底に張り付いた不安まではどうしても拭いきれなかった。
以下略 AAS



75: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:19:46.32 ID:eH8hmcZZo

このみは薄明るく照らされた舞台の上を、ゆっくりと半歩だけ足を動かした。
静けさの中で、小さな足音が響いた。


76: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:22:00.07 ID:eH8hmcZZo

踏み出した先の世界は、ひたすらに熱かった。
仰け反りそうになる程にじりじりと身を焦がすスポットライト。
体温が上がっていくのを感じて、だんだんと頭が回らなくなっていった。



77: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:25:08.67 ID:eH8hmcZZo

ステージが終わっても、自分がきちんと出来ていたかはよく覚えていなかった。
ただ、どれだけ熱に浮かされても、その時見えた景色だけは消えなかった。
はじめての『自分だけの景色』。
白飛びした視界から見えた光は、鮮やかなほどカラフルで、まるで虹の橋を見ているようだった。
以下略 AAS



78: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:30:52.86 ID:eH8hmcZZo

舞台袖へ戻ってきたときには、汗は滝みたいに顔を流れていて、これ以上動けないほど息が上がってしまっていた。
それでも、マイクを胸に抱き寄せたまま、離すことができなかった。
まぶたの裏に焼き付いて消えないあの景色は、私の知らなかった、心の奥底にあった夢に触れてしまったのだ。
ペンライトの光の一つ一つに、あなたはあなたのままでいいんだよ、と励まされたような気がした。
以下略 AAS



79: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:38:33.57 ID:eH8hmcZZo

あの後アイドルのみんなにも、プロデューサーにも心配されちゃって大変だったわね、とその時の記憶を思い出していた。
そして同時に、自身が自然と気恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになった表情になってしまっていることを感じていた。
ところが、わずかな照明に照らされたがらんとした客席たちが見えたとき、ずき、と胸の奥が痛んだ。
この痛みは何なのだろう、とあちこち辺りを見回してみたが、
以下略 AAS



80: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:39:03.90 ID:eH8hmcZZo

扉を開ける前から微かに感じていた予感も、そうであると告げていた。
このみは息を呑み、左手に持っていた資料の束を見つめ、ゆっくりとめくっていった。

あの子もまた、自分の住む世界とは違う世界に出会ってしまったんだった。
以下略 AAS



81: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:39:31.13 ID:eH8hmcZZo

『あの子は、深い雪が降り積もる山の奥深くで暮らしてた。もともと人間と出会うことさえなかったはずだった。』

それでも、あの時舞台裏から見た景色が暖かくて、背中を押されて。私はアイドルの世界へ飛び込んだのよね。

以下略 AAS



82: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:40:20.34 ID:eH8hmcZZo

初めて舞台に立ったときはまだ、お客さんたちは誰も新人の私のことを知らなくて。

『本当の姿を隠して、言えない言葉を抱えて押し掛けたあの子を、それでも青年は受け入れてくれた。』

以下略 AAS



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