68: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/08(火) 01:39:44.03 ID:fNCrqDvgo
舞台袖は普段薄暗くて、人が隠れられるほどのものがたくさんある。
たしかに隠れるとしたら絶好の場所ではあるのだろう。
万が一隠れている子がいたら、その時はきっちり言ってあげないと。
少なくとも確認だけは一応しておかないといけないだろう。
69: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:12:39.47 ID:eH8hmcZZo
ステージ上手側の舞台袖は、ステージセットの搬入が行われる関係もあって、大道具が数多く置かれていた。
このみは、誰か陰に隠れてたりはしないか、と大道具を一つ一つ見て回ることにした。
劇場では、以前の公演のステージセットの一部を、新しい公演で使うことがしばしばある。
70: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:13:57.94 ID:eH8hmcZZo
結局、上手側にも、下手側にも、舞台袖に誰かが隠れているようなことはなかった。
このみは息を撫で下ろしたが、それならば本当に何処に隠れているんだろう、と謎が深まるばかりだった。
やはり一旦出直して一から探し直そうと、もとの扉へ向かったこのみであったが、
もう一度辺りを見回して、そこであるものに目が止まった。
71: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:15:36.08 ID:eH8hmcZZo
ずっと以前にもこうしてステージライトを見上げたことがあった。
765プロへとやってきて、本当にすぐの頃。
アイドルをやっていける自信がなくて、いっそ断ってしまおうかと考えたこともあった。
72: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:16:33.20 ID:eH8hmcZZo
それから、まるで走馬灯のようにいままでの出来事が思い起こされていった。
このみは左手に添えようとした右手が、持っていた資料の束にあたり、かさりと音を立てるのを聞いた。
73: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:17:32.92 ID:eH8hmcZZo
私が初めて公演のステージで歌うことが決まったとき、実のところ怖さの方が大きかった。
夢や憧れだけで願いは叶わないなんてことは、昔からよく知っているつもりだったし、
この世界へと飛び込んだ選択が正しかったのかなんて、いくら考えても分かりそうになかった。
ただ、一度後ろを振り向いてしまったら、何かに肩を掴まれて、そのまま引き摺り込まれてしまいそうな気がした。
74: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:18:06.05 ID:eH8hmcZZo
当の公演の直前も、そうだった。
足は震えていたし、声も上擦っていた。
他のアイドルやスタッフ、プロデューサーと話をしたりしてようやく落ち着くことができたけれど、
心の底に張り付いた不安まではどうしても拭いきれなかった。
75: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:19:46.32 ID:eH8hmcZZo
このみは薄明るく照らされた舞台の上を、ゆっくりと半歩だけ足を動かした。
静けさの中で、小さな足音が響いた。
76: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:22:00.07 ID:eH8hmcZZo
踏み出した先の世界は、ひたすらに熱かった。
仰け反りそうになる程にじりじりと身を焦がすスポットライト。
体温が上がっていくのを感じて、だんだんと頭が回らなくなっていった。
77: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:25:08.67 ID:eH8hmcZZo
ステージが終わっても、自分がきちんと出来ていたかはよく覚えていなかった。
ただ、どれだけ熱に浮かされても、その時見えた景色だけは消えなかった。
はじめての『自分だけの景色』。
白飛びした視界から見えた光は、鮮やかなほどカラフルで、まるで虹の橋を見ているようだった。
78: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/10/17(木) 11:30:52.86 ID:eH8hmcZZo
舞台袖へ戻ってきたときには、汗は滝みたいに顔を流れていて、これ以上動けないほど息が上がってしまっていた。
それでも、マイクを胸に抱き寄せたまま、離すことができなかった。
まぶたの裏に焼き付いて消えないあの景色は、私の知らなかった、心の奥底にあった夢に触れてしまったのだ。
ペンライトの光の一つ一つに、あなたはあなたのままでいいんだよ、と励まされたような気がした。
321Res/210.41 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20