9: ◆AsngP.wJbI[saga]
2019/06/10(月) 20:22:13.88 ID:9pdDfgPfo
「ありがとう。お前がいなかったら……」
「礼なんか要らないわよ。 この子がどれだけ辛いか想像したら、いてもたってもいられなくなって……」
まあ、ユニットのリーダーとしてメンバーのために動くのは当然よ、と照れ隠しに伊織が言い放つ。
先ほどとは違う少しぶっきらぼうな物言いも、彼女の優しさの表れと取れる。今回ばかりは心から感謝するほかない。
「それで、どうするの?」
もう一度エミリーの髪をすっと撫でやってから、伊織が切り出した。
「これからの事。 まさか本国に帰すとかそんなこと……」
「しないよ。 エミリーは『やめたくない』って言ってた」
「アイドルを?」
「だと思う」
「そう……よかった」
エミリー自身の意思があるとしてもまだまだ問題点は山積みだ。
「ただ、今後活動するに当たってはいろいろ障害も出るだろうから……それをどう切り抜けるか……」
「どうすればいいのかしらね……劇場の皆、心配してるわ。 せめて気持ちだけでもエミリーに伝えて、元気を出してもらわないと……」
「それもだけど、外向きにどうするかが問題だ。 アイドルが日本語を話せなくなったなんて騒ぎ、いつまでも隠せはしないだろう」
そうね、としばらく考え込んで、伊織はまた少しの間眠っているエミリーを見つめた。
「……私がしばらく一緒にいてあげるわ」
「お前が?」
「今の状態に慣れるまで──もちろん慣れちゃうのも問題だけれど──ほら、何かあれば通訳くらいならできると思うから」
きっと私なんかが想像できないくらい辛いわよね、と、今度はエミリーに話しかけるように呟く。
伊織自身の仕事や都合もあるだろうし、正直言って色々な負担を強いるようなお願いはしたくなかったが。
「……頼んでもいいのか?」
「いいって言ってるでしょ」
こちらを見ることなくきっぱりと、少し湿り気を含んだ声で言い放ち、それっきり伊織は黙りきったままエミリーが目を覚ますのを隣で待ち続けた。
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