36: ◆AsngP.wJbI[saga]
2019/06/10(月) 21:12:36.05 ID:9pdDfgPfo
*
窓の外が暗くなったころ、父親と一緒に帰宅するエミリーを見送った後の事務所には俺と伊織だけが残った。
もうしばらくが経過して、今度は伊織も自分の用事を終わらせ、電話で迎えの連絡を入れているようだ。
「初日からあんなに熱心にやって、大変だったろうに」
「でも、すっごく楽しそうに勉強してたわよ。 それにね……」
伊織は荷物をまとめながら、今日のエミリーのノートを見せてくれた。
新品のノートの四分の三ほどをすでに埋め尽くして、書き取り練習の筆跡でページが真っ黒になるほどの使いよう。
「たった一日でひらがなは何も見ずに書けるようになったし、何よりビックリしたのは……あの子、まだやっていない簡単な漢字すらいくつか使ってみせたわ」
「本当か?」
「まるで思い出したかのようにね」
意外、というにもまだエミリーを取り巻く今の状況に関して理解は到底追いついていないものの、明らかに光が見えたような気がする。
「すごい……やっぱり、きっかけ一つでここまで思い出せるものなんだな。 これなら本当にすぐ、元のエミリーに戻ってくれそうだ」
「……そうね」
ただ、昼間もほんの少しだけ覗かせていた晴れない表情を、伊織はまた浮かべていた。
「どうかしたか?」
「何でもないの。 でも……なんかちょっと違和感なのよね」
「何が?」
少し考えて、言葉を選ぶように伊織が続ける。
126Res/148.14 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20