エミリーが忘れた日
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29: ◆AsngP.wJbI[saga]
2019/06/10(月) 20:58:14.27 ID:9pdDfgPfo
 
──────

以前一度だけ、エミリーに尋ねてみたことがある。

「どうして貴音や真、伊織にだけは『さま』付けで呼ぶんだ?」
「それは──」

彼女は西洋人らしい真っ白な肌を少しだけ紅に染め、ゆっくりと、けれどもはっきりと答えてくれた。

「かのお三方が、私が目指すべき大和撫子の中でも……とくに、今の私には到底手に入れられない、尊敬すべき点があると思うからです」
「尊敬すべき点?」
「あ、いえ、もちろん劇場の皆さんそれぞれに素敵な方たちですよ。
 いろいろな方から、大和撫子の何たるかを教えていただいてばかりです……紬さんや、雪歩さんなど」

少しだけもじもじと体をくねらせながら、エミリーは続ける。

「……けれど、たとえば貴音さまは他の誰にもない“麗しさ”があります。
 独特な雰囲気を纏い、夜月を眺め……はぁ、とっても素敵です……」

貴音に関しては前々から憧れを露にしていたので今更驚くことでもない。
いつの間にかうっとりしている目の前で手をブンブンと振ってやると、しばらくして彼女はようやく我に返りコホン、と咳払いをした。

「真さまは、“強さ”をお持ちです」
「強さ……って真のは物理的な、だろう」
「そうかも知れませんが……あのように空手を嗜んで尚、女性としての奥ゆかしさを忘れない……
 私にとって、新しい大和撫子の形を示して下さったんです」
「もはや何でもありなんだな……じゃあ、伊織は?」

申し訳あらねど少々の呆れを含んだまま最後に問う。

「伊織さまは“気高さ”、そして“優しさ”です」
「気高さ……たしかにプライドは人一倍高いかも知れないけど。
 しかし優しさ、ねぇ……エミリーから伊織に対してそういう評価が出るなんて驚きだよ」
「確かに、仕掛け人さまに対しては少々強く当たられるのだな、とは思いますが」

クスクスと笑うのに合わせ、丁寧に梳かれた黄金のツインテールがふわりと香りを運んだ。


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