143:名無しNIPPER[sage saga]
2019/05/25(土) 12:23:59.78 ID:YWfCY9A20
本当に些細なことだけど、おままごとみたいなことだったけど、初めてお店の手伝いをした時のこと。今よりもちょっと綺麗なヤマブキパンで、今よりもヘンテコな名前のパンが少ない売り場に、焼き上がったばかりのパンを陳列したこと。あの時も優しい声と笑顔があって、そして温かくて大きな手が私の髪を撫でてくれた。
最後にこうしてもらったのっていつだったっけな。お母さんが入院する前かな。ああ、きっとそうだ。中学生にもなって、こんな風に頭を撫でてもらうだなんてことはないだろう。だからかな。気が付いたらお母さんの手がこんなに小さく感じられて、でも、やっぱり温かくて、すごく心地よくて……懐かしくて泣いちゃいそうだ。
だけど沙綾は絶対に泣くまいと決めていた。泣き虫な自分だけど、最後くらいは笑っていようと……そう、別れなんて二回目のことなんだから、余裕綽々で笑っていようと心に決めていた。
目頭が熱くて、目の端から頬に何かが伝った気がするけど、それはきっと気のせいだ。目にゴミでも入ったに違いない。
胸が震えて、喉も震えているけど、それは、アレだ。きっとまだ風邪が尾を引いているんだ。そうに違いない。
そうしてどれくらい経っただろうか。しばらくずっとこうしていたような気もするし、あっさりと過ぎ去ったようにも思える、曖昧な長さの時間。
けれど、確かな温もりをもらえた時間。もう二度と触れられないと思っていた優しさに触れられた時間。
これ以上を望むのは、きっと罰当たりだ。
「……ありがとう、お母さん」
だから沙綾は、一度だけ鼻をすすってから口を開く。そして、震えないように、途切れないように、詰まらないように……しっかりとお腹に力を入れて、優しい母の姿に最後の言葉を紡いだ。
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