【艦これ】これからこのことこれからのこと【漣】
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1: ◆yufVJNsZ3s[sage]
2019/05/04(土) 21:54:17.53 ID:J8yp6zh90
奇跡はない。
運命はない。
両手は神への祈りを捧げるためにあるのではない。
不断の努力。
練達の作為。
作戦を成功に導くのは弛まぬ訓練によって作り上げられた自らの身体であって、一度たりとも姿を顕したことのない何者かの存在ではないのである。
……と、そんなことを常日頃から口を酸っぱくして言い続けていた甲斐があったのか、はたまたなかったのか、それこそ神のみぞ知るところだった。
けれども俺は構わない。構いやしない。俺は別段、形無き名誉や名声、形有る徽章や飾緒などのために指揮を振るったわけではないのだ。
それが正義のためと大声で言えたのならばどれほど格好がつくだろうか。俺は俗物ではなかったが、傑物でもなかった。自らに任された仕事を十全にこなした。そして、こなした分だけ報われた。当たり前のことだ。なんでもない当たり前とは実に素晴らしい。
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2: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 21:56:07.69 ID:J8yp6zh90
青空に祝砲が上がってから、今日でちょうど一月が過ぎる。
深海棲艦との戦いは終わりを告げた。
3: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 21:56:51.21 ID:J8yp6zh90
トラックは今日も暑い。
トラックに冬は訪れない。
4: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 21:57:30.18 ID:J8yp6zh90
泊地の艦娘たちの服装が一向に変わる兆しを見せなかったのも、季節感に戸惑う原因のひとつなのではないだろうかと今更に思った。神の加護を背負っていれば、外気温や天候はさほど問題ではない。それくらいでへたっては艦娘の名が廃る――とは神通の弁。
彼女に関しては頑張りすぎるきらいがあるので、話半分に聞くのがよさそうではあった。多少なりとも思いつめる回数は少なくなったらしいが、すぐには変わらないだろう。そちらのほうがいいとも俺は思う。人の心は季節と同じだ。ころころ変化されても参ってしまう。
変わらないものもあるし、変わりゆくものもある。そしてそれらは当たり前のことだ。
5: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 21:58:21.13 ID:J8yp6zh90
と言ってしまえばあまりに簡単に片づけ過ぎだろうか。しかし仔細を話せば殊更に長くなる。冗長を俺は好まない。そしてなにより、「色々」にも色々とあって……いいことも、悪いことも。話したくないことや思い出したくないことだって。
生きるということは前に進むということだ。必然的に、置いていかれた何某かも生まれることになる。
俺はそれを悪だとは思わない。
6: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 21:59:15.20 ID:J8yp6zh90
「そんなにみんなと離れてしまうのが嫌なのかい?」
「嫌……嫌、ですか。多分、その言葉を使うのは、違いますね。寂しくは思っています」
7: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:00:15.39 ID:J8yp6zh90
鳳翔は調理免許を取るために専門学校へ進む。夕張は高卒の認定を受けてから、高専か、工学部へ進んで人工知能の研究に携わりたいと言っていた。川内は貯まりに貯まった給金でバイクを買い、日本中を旅するらしい。
駆逐艦の殆どは遅れた勉強を取り戻すために、防衛省が用意してくれた学校への入学を決めている。天龍なんて整備班の男と結婚するそうだし、吹雪は地元に帰って稼業のレタス畑を手伝うと報告があった。みんな笑顔で日常へ戻る。戻れるのだ。
お前らだって、と喉元まで出かかった言葉は呑みこんだ。それが正しかったのかはいまだにわからない。きっと首を縦には振ってはくれないだろう。が、しかし、そんな言葉を期待していたんじゃないかと、少しだけ後悔する。
8: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:00:59.00 ID:J8yp6zh90
「うまくやれるといいんですが」
「どこでだってうまくやれないということはないよ。民間出のきみだって、なんだかんだ提督として様になったように」
9: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:01:28.59 ID:J8yp6zh90
と、執務室がノックされた。最早この建物にいるのは、俺と博士を除けば一人しかいない。ゆえに誰何の必要はない。
「漣か、入っていいぞ」
10: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:01:56.42 ID:J8yp6zh90
「……」
「……」
11: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:02:55.05 ID:J8yp6zh90
手のひらが熱い。汗が滲んで、滑る。手繰り寄せるように漣の指を絡めた。
「……寂しくなるだけだろう」
12: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:03:39.74 ID:J8yp6zh90
漣は長らく俺の秘書を務めてくれていた艦娘であり、同時に俺の……誤解を恐れない言い方をすれば、恋人であった。
泊地が解体され、みんながそれぞれのこれからを歩み出すように、当然漣にも彼女の新しい生活が、人生が、待っている。
人生を直線に喩えることがあるだろう。慣用句的には、それは交わったり、並行であったりする。そして情緒を含めれば、「いずれどこかで交わる」だとか、「交わることはなくとも隣にいる」だとか、そんな表現がされる。
13: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:05:07.34 ID:J8yp6zh90
海が平和を取り戻したとはいえ、その事実は陸の人間にはいまいちピンとこないものだろう。様々な疑いは実際あちこちで浮かび上がっていて……平和だけでなく、そもそもの深海棲艦やら艦娘やらにも、保守的で懐疑的な人間は存在する。
艦娘であったことをおおっぴらに掲げて生きていける世の中には、残念ながらなっていない。なりそうもない、と断言できるほどには俺は悲観してはいなかったが。
「まぁ、あれだ。お前くらいの年なら、いくらでもやり直しはきく」
14: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:07:47.88 ID:J8yp6zh90
「安定飛行のために、可愛い奥さんはいかがでしょ?」
制服のスカート、その裾を指先で摘まんで、漣はひらひらとさせる。白く健康的な太腿が眩しい。
大きくため息をついた。こんなときばかりは自らの理性が恨めしい。
15: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:08:26.31 ID:J8yp6zh90
「……申し訳ないが、だめだ」
「……天龍さんは結婚するのに?」
16: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:09:01.29 ID:J8yp6zh90
「そんな怖いことはないですよ」
優しく抱きしめられる。
17: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:10:06.26 ID:J8yp6zh90
「……漫画の見すぎだ」
「あははっ。かもしれませんね。
でもご主人様、漣は本気なんです。本気で言ってるんですよ。一旦離れ離れになって、それでもまた会えたなら、それは運命じゃないですか。奇跡だと思いませんか!」
18: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:10:40.93 ID:J8yp6zh90
「女の子にここまで言わせるなんて、ごっ、ご主人様は、ほんとに甲斐性がないんですから」
「……すまん」
19: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:11:13.85 ID:J8yp6zh90
「い、いえっ。別にいいんですが、いいっていうか、確かにそう言う空気でしたけれどもっ!」
大きく深呼吸をして、
20: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2019/05/04(土) 22:11:47.92 ID:J8yp6zh90
* * *
実のところ、不安は消えてなくなっていた。
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