10: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2019/04/09(火) 00:39:52.48 ID:Tnjuxph+0
◆◇◆
「うぅ……」
体が重い。けど熱くはない。頭痛もそれほどだ。パジャマは汗を吸って、肌に張り付いてきている
体を起こし、スマホと体温計を手に取る。体温計を脇に挟みながら、LINEやTwitterを確認した。奈緒ちゃんや春菜ちゃん、菜々さんからメッセージが届いていた。ちょうど体温の計測が終わったので、脇から体温計を取り出す
37.1度。普段の体温よりやや高いくらい。解熱剤のおかげだろう。体調はもう大丈夫、心配ない、という旨のことを返信した
スマホの画面をスクロールしたら、プロデューサーからも連絡が来ていることに気がついた。未読無視してたみたいだ
「…………」
私が風邪を引いたりして学校を休んだとき、お母さんがいつも面倒を見てくれた。病院へ連れて行ってくれたり、励ましてくれたり、おかゆを作ってくれたり、体を拭いたり……そういうのが18年近くあったので、私には「甘え癖」の様な何かが付いてしまっている
体調を崩してしまったとき、自分でも分からないくらい人に甘え頼り切りになってしまうのだ。
今日気がついたことだけど。
……敬語外して、お母さんに話すみたいになっちゃって、体拭いて貰って…………あー、もう、死にたい。恥ずかしい。申し訳ない。枕に顔を埋めて叫ぶ。枕から汗の臭いがツンとしてきた
お酒の酔いが醒めた時みたいに、自分の感情と記憶が結びついていかない。あのときの私は私であって私じゃなかった。「拭いて」って、なんでそんなこと口走っちゃったんだ
背中と腕、それから他にも、体に触られた記憶が残っている。良くもまあ平然と拭かれるがままだったな私は
「……シャワー浴びよ」
拭いてもらったとはいえ、それからまた寝汗をかいて体がベタついている。ベッドから体を起こして、お風呂場へ向かった
強烈な記憶のせいで、プロデューサーに返信し忘れていた。シャンプーしているときに思い出した。泡立てたボディーソープで体を覆う間、返信を考えていて、同時に拭かれていた時の事も浮かんで、頭が火照った
『病院行けてる? おみまいに行くや』
最後の誤字が目立つメッセージが、10時間前に来ていた。現在22時。ずっとほったらかしにしていたメッセージに、遅ればせながらの返信をする
『今日はありがとうございました。体調も大分良くなりました。冷蔵庫のゼリーも食べました』
女の一人暮らしにはちょっと多いくらいの野菜と、水垢のないキッチンと、片付けられた三角コーナー。……ここ最近の生活の荒れ具合も、きっと見られてしまっただろう
なんとしてでも極道入稿は避けるんだって、無茶のツケが回って。結局、体調を崩してしまった。
アイドルはやる。同人活動もやる。両方やるという道を選んだのは私で、辛いけれど一年はやれてきた。ただ、自分が自分の限界を理解出来てなかっただけ
「明日……」
謝って、それからお礼を言おう。自分を見いだしてくれた人に、自分の歩きたい道を歩いて良いと言ってくれた人に心配をかけさせてしまったことを謝って、それから今日してもらったことのお礼を言うんだ
今日してもらったことの……させてしまった事も謝ろう
眠気はあまりない。野菜炒めでも久しぶりに作ろうかと、冷蔵庫から野菜をとりだした
「今日、誕生日なんスよねぇ」
食べたもの、おかゆと野菜炒め。ケーキとかチキンとか、そういうのはない。プレゼントもない。用意しているって娘も多かったけど、今日は事務所に顔を出せてないし。間違いなく、これまでの人生で一番しょぼい料理の誕生日だ
…………でも、それを心のどこかでいいものだと思えている自分もいる。
楽しくなかった高校時代も、アイドルをやった今ではそれほど悪くなかったな、って思えてる。だって、あの高校時代があって今の私がいて、荒木比奈はアイドルになれているんだから
こんな、申し訳なくて、恥ずかしくて、しょぼい21歳の誕生日も、22歳の時にはきっと悪くないって、良かったなって思えているハズだ
そのためにも、今日を笑って済ませられる思い出にする為に、明日ちゃんとプロデューサーに言わなきゃ
味噌と醤油、塩コショウで味付けした野菜炒めを口に入れる。美味しかった。この時間だと太っちゃうね
誕生日が終わる1時間前に、私はまたベッドに入った。おやすみなさい、と呟いてから目を閉じた
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