少女は死ぬまで生きるようです
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10:はみがき
2019/02/10(日) 11:47:34.34 ID:eA0evHgOO
『サーチライトに撫でられるまで第9話』


いつのまにか太陽は私たちの頭上に居座って、じりじりと水分やナトリウムやその他もろもろを、白昼堂々と盗んでいた。

黒装束の百夜はさぞかし暑いだろうと訊ねてみたが、
「魂を扱える死神に体温調節なんて造作もないさ」なんて自慢げに言われてしまった。
中学校に行く坂道では汗をかいていたくせに。
……もしかしたら、私と同じ体験をしたくて汗をかいてくれたのだろうか。

そしてほんの一瞬、魂ってなんだろう…と疑問が頭を掠めたが、気にしないことにした。

どうせそのうち私は死ぬのだから。
……そういう言い訳を、私は生きるうえでよく使ってきた。

「ねぇ詩織。人間の幸福ってなんだと思う?」

「むつかしいこと訊くね。うーん……三大欲求を満たすこと、とか?美味しいもの食べて、ぐっすり眠って、ついでに……えっちなことしたりして…とか…」

自分で言っておいてなんだか恥ずかしくなってしまった。保健体育の授業は涼しい顔で受けていられるのに。……なんだか不思議だ。

「なるほどなるほどー。美味しいものはさっきコンビニで食べたし、じゃあ…お昼寝しよっか!」

「死神とお昼寝するなんて一生の思い出だね。でも、どこで寝るの?」

「そりゃー詩織のお部屋だよ。一度行ってみたかったんだ。ね、いいでしょ…?」

態とらしく媚びてくる死神になんだか苦笑してしまって、「仕方ないな…」と了承した。

「何もない部屋だけど…どうぞ」

自分の部屋に他人を招くなんていつ以来だろう。もしかしたら、初めてかもしれない。それだけ私はこの世界から孤立していた。

私の部屋にはろくなものが無い。
あるものと言えばシングルベッドに読書灯と本棚と、小さなテーブルにノートPCくらいのものだ。
母親には、もうちょっと女の子らしくしたら?なんて小言を言われたりもする。

「わぁぁあーーーっ」

ぼふっ、と音を立てて百夜がベッドにダイブする。
本当に子供みたいな死神だ。

「そういえば百夜っていつもはどこで寝てるの?」

私も、もぞもぞと布団にもぐりながら尋ねてみる。
ベッドの質感を満喫した百夜が、顔だけ振り向いて答える。

「電柱の上とか…ビルの屋上とか…防波堤の上とか?」

「寝心地悪そうだね……」

「うん。だからベッドで眠れるなんて幸せだよ」

「そっか……幸せか……」


なんだか目蓋が重たくなってきた。今日は夜明けから色んなことがありすぎて、疲れているのかもしれない。

百夜が私を優しく抱き寄せる。その胸に顔をうずめる。おやすみ、と優しい死神は小さく呟いた。

そこで、私の意識は途切れた。


目を醒ますと、彼女の姿は無かった。
百夜の陽だまりみたいな匂いだけが、残されていた。

「百夜…?どこ…?……百夜…!?」


窓の外では夕立が雨音を立てていた。
西陽の射し込む部屋の隅で、私は膝を抱えて、彼女が居なくなった心の隙間を涙で埋めていた。


『いいんだよ。一度きりの人生…好きなことやるべきだ』


彼女の言葉が脳裏に蘇る。
気がつけば私は、家を飛び出していた。
あてなどない。あるわけがない。
だってこれは、人生なんだから。
私だけの、気が遠くなるほど虚しい、旅なんだから。


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