【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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53: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/19(水) 20:18:04.80 ID:MnCJ5f3U0
「……御足労を……ありがとうございます、相葉さん、ええ、今日は、何曜日ですか……?」
「今日は、えっと、水曜日です、今日の午後、ちょうど、みんなで打ち合わせをして、そのあと私が代表でお見舞いに」
「そうでしたか。……水曜日……」
プロデューサーさんはすーっと深く息を吸って、吐く。意識はしっかりしているみたい。
「水曜日ですか……ふふ、では、お茶を、と言いたいところですが……緑茶では、医者が許してはくれないでしょうね」
言って、プロデューサーさんはちょっと笑った。私もちょっと笑う。
こんな時にもお茶だなんて、プロデューサーさんらしい。
「それでも、雰囲気だけでも味わいたいものです。相葉さん、お時間が許すなら、お茶を……淹れていただけませんか。本当は私が淹れて差し上げたいのですが、すぐには満足に身体が動きそうにない」
「あっ、はいっ! ちょっと、待っていてくださいね!」
私は病室を出ると、ちひろさんにプロデューサーさんが目を覚ましていることと、お茶の希望を告げた。
ちひろさんは快諾してくれ、お医者さんへの報告と、お茶のセットの手配をしてくれるという。
私もそれを手伝おうかと思ったけれど、プロデューサーさんが私と話をしたいと言ったので、プロデューサーさんと一緒に、病室でお茶を淹れる準備が整うのを待つことになった。
再び二人になった個室の中で、プロデューサーさんはゆっくりと首を動かして窓の方を見る。
「もう、冬ですか。相葉さんたちを担当する事になってから、あっという間でしたね」
「はい。いろんなことがありました」
プロデューサーさんは私の方に顔を向ける。
「……相葉さん。長い、本当に長いあいだ、お待たせして申し訳ありませんでした。あの時のお話の続きをしましょう」
「……はい」
春に中断してから、ずっとそのままになってしまっていた、プロデューサーさんと私の面接。
「間に合って、よかった」
プロデューサーさんの言葉の意味するところを考え、私は沈黙で答える。
あのとき――プロデューサーさんからあまり時間は残されていないと告げられた時は、時間が残されていないのは私だと思っていた。でも、時間が残されていないのはプロデューサーさんのほうだったんだ。
「もう一度、あの時のことをお訊ねします。相葉さんは、どういうアイドルになりたいと思っていますか。どうして、アイドルをやりたいと思っているのですか。……あれから、迷いは、晴れましたか?」
プロデューサーさんの質問を受けて、私は、目を閉じて、鼻からゆっくり息を吸う。
春からずっと、私は私がどうしてアイドルになりたいのかを考え続けていた。
そうして、ユニットの皆と出会った。
美穂ちゃんは、とてもまっすぐで、一生懸命だった。
マキノちゃんは、未解明のものに突き進み、その魅力に挑戦し続けた。
くるみちゃんは、変わりたい強い気持ちを持って前に進んだ。
はぁとさんは、絶対に折れない強い誓いを抱いた。
じゃあ、私は。
ゆっくりと目を開いて、プロデューサーさんの目を見つめた。
「私は、誰かを元気にするために、頑張りたいと思っています」
はっきりと口にする。プロデューサーさんは黙って私を見ていた。
私の心の中で、とげのある声がする。『じゃあまず、あたしを元気にしてよ。あんたがアイドルをやめたら、あたし元気になれるよ』――
私自身が私の中に作った、私を試す声だ。
でも、もう私は、迷わないんだ。
「他の誰でもない、私自身が、誰かを元気にしたいんです。それが私の希望。だから、私はアイドルをやりたい。誰かを……ううん、誰よりも皆を元気にできるアイドルになりたいと思っています」
言い終えた瞬間に、胸の中のもやがすっと晴れていくような気がした。
プロデューサーさんは天井を見て、ゆっくりとひとつ、呼吸する。
「迷いは、消えたみたいですね」
「はい」
「それでいい。花には咲くべき時があります。咲くべき時には、思い切り咲いていい。誰かに遠慮する必要などありません。相葉さんなら、きっとなれると思います。……誰もを元気にすることができる、アイドルに」
「はいっ!」
私は、笑顔でプロデューサーさんに答えた。
その時、病室の扉をノックする音がして、すぐに扉が開く。
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