【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
1- 20
29: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2018/12/10(月) 22:09:31.32 ID:Wp4M41Qe0
---

 開演前のアナウンスが終わってしばらく経ち、客席で鳴っていたBGMは徐々に大きくなる。それと同時に、客席の照明は暗くなり、お客さんが持っているペンライトの色とりどりの光だけが残り、そして、お客さんは期待の声を大きくする。

「始まるよ、くるみちゃん」

「はいっ」

 ファンファーレが始まった。これから始まる舞台の華やかさを表現するような、色鮮やかでゆったりとした、荘厳なファンファーレ。
 同時に、舞台がぱっと明るくなる。
 私は舞台の二階バルコニー、右から二番目の入場口を見つけると、くるみちゃんに指で示した。
 私とくるみちゃんは舞台を見つめる。
 やがて、ファンファーレは終わって――最初の曲の、イントロが始まった。
 その瞬間に、すべてのゲートから一斉に、アイドルたちが入場してきた。
 会場が一気に熱気を帯びる。耳を震わせるような大きな歓声。
 右から二番目のゲートは、ほんのすこしトラブルを疑ってしまうくらいの短い時間だけ周りから遅れて、美嘉さん、茜さん、そして美穂ちゃんが飛び出してきた。

「わぁ……!」

 隣に座ったくるみちゃんが声を漏らす。
 胸を打つように圧倒的な音と光の波が客席の私たちを覆って、最初のメロディが始まる。
 美穂ちゃんが、大きな動きで舞い――

「……あ……」

 私は、私の右目から涙が零れているのに気づいた。
 右手の人差し指でそれをぬぐう。
 ぬぐいながら、私は気づいちゃったんだ。
 これまで、考えないようにはしていたけれど、私も、アイドルとしてあの舞台に立ちたかった。
きちんと見ておこう。美穂ちゃんとマキノちゃんの晴れ舞台も。
 私がいま、舞台に立てないでいるこの悔しさも。
 私は舞台を見つめながら、ペンライトを握る左手に力を込めた。
 舞台の上で、マキノちゃんを探す。すぐに見つかった。舞台下手側、川島瑞樹さんの斜め後ろで、マキノちゃんは一分の隙も無いダンスを披露していた。
 それは、決して、周りから浮いてしまうような独りよがりのものではなく、けれど、一度視界に収めればきっと誰も忘れられないくらいに完成されていて、私よりも年下とはとても思えないくらいに大人びて、妖艶で、気高くて――
 アイドルだった。
 マキノちゃん。マキノちゃんは、上条春菜さんが変わったことに驚いていたけれど。
 私はいま、マキノちゃんがこんなにきれいに咲いていることに、驚いているよ。
 私は両足に力を込めた。しっかり意識しないと、腰が抜けちゃいそうだったから。

 そうして、美城プロダクションのサマーフェスは、ここが世界で一番熱いんじゃないかと思うくらいの熱気とともに終演を迎えた。

「うんっ、みんなすごかったねっ! くるみちゃん、みんなのところにいこう」

 私がくるみちゃんに話しかけると、くるみちゃんがこっちを向く。くるみちゃんの顔は感動の涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになっていた。
 くるみちゃんは鼻をかみ、顔を拭くと、興奮冷めやらぬ顔で大きく頷いた。

 やがて夏は終わり、時とともに、季節は移っていく。


3.八神マキノ Gerbera ガーベラ(神秘的な魅力) ・・・END



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
61Res/162.03 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice