【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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23: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2018/12/10(月) 22:00:28.03 ID:Wp4M41Qe0
3.Gerbera

「……なぁーんかさ、はぁとー、やっぱ干されてね?」

 くるみちゃんの初めてのレッスンから一カ月程度が経った水曜の午後、はぁとさんはノートパソコンのある席に座り、頬杖をついて、プロデューサーさんが淹れてくれたお茶の入った湯のみを見つめながらぼそりとつぶやいた。
 はぁとさんは今日も、プロデューサーさんから頼まれた書類仕事をしている。お茶は淹れてから時間が経ってしまっているから、もう温くなっちゃっているかも。

 毎週水曜午後のミーティングを終えた直後に、プロデューサーさんは仕事の調整のために少々、と言って早々に出かけてしまった。美穂ちゃんはボーカルのレッスン、くるみちゃんは学校の終わり時間の関係で普段のミーティングの時間には参加できないので、あとから合流してプロデューサーさんと個別に連絡を取り合う。結果、今日は部屋の中にはぁとさんとマキノちゃん、私が残っていた。

「……そう思う理由を聞きたいわ」

 マキノちゃんが腕組をしてはぁとさんに尋ねた。

「なんかー、いっつもパソの作業ばっかさせられてるし? ここに座ったら姿勢を正せって細かいこと何度も言われてるし?」

「でも、レッスンは入ってるんですよね?」

「おー、入ってるぞー。でもな?」はぁとさんは不満そうに口をとがらせる。「いっつもいっつもトレーナーさんとはぁとだけのマンツーマンレッスンだぞ? しかも、トレーナーさんは『あの人』限定って、どういうことだっての☆」

 はぁとさんはにこやかな声色を作って言った。かえってすごみがある。
『あの人』。きっと、プロダクション内部の四姉妹トレーナーさんたちのなかでも、もっとも厳しいと言われている人だ。
 その人のレッスンと聞けば、アイドルたちは間違いなく、体力が空っぽになっちゃうくらいのハードワークを覚悟する。それくらいに厳しい人。でも、それだけの実力と実績を持った人でもある。

「これってパワハラじゃね? あぁっ……! な、夕美ちゃんはどう思う?」

「どう、って……」私は応えに困った。「レッスンについていけてるはぁとさんは、すごいなって」

「ありがと☆ でもそれ、はぁとへの返事になってねぇぞ☆」

 はぁとさんは力ない笑顔で言った。

「……でも、あのトレーナーさんとマンツーマンのレッスンを連続で入れられるなんて、普通のスケジュールじゃないわ。どうしてかしら……」

 マキノちゃんはひとりで考え込んでしまう。はぁとさんは構わず続けた。

「しかもさー、しかも! 内容もずーっと、基礎の基礎みたいなことばーっかりやらされてるんだぞ? もうはるか昔のはぁとがもっと若ーいころに一度やった……ってこら、今もぴちぴちだっつーの☆」

 はぁとさんは自分で自分に突っ込むけど、ちょっとキレが悪い。
 その時、事務室のドアが開いて、ちひろさんが中に入ってきた。

「おじゃまします。頼まれていた資料を持ってきました」

「こんにちは!」

 私たちはそれぞれちひろさんに挨拶した。
 ちひろさんは私たちの座る事務机の真ん中に、プロダクションの普段使いの封筒を置いた。

「頼まれた、って……プロデューサーさんからですか?」

 私が尋ねると、ちひろさんはちょっと迷ったような顔をした。

「……ええと、あの、お戻りになればすぐにお分かりになると思いますので」

 言いながら、入って来た扉へとちひろさんは後ずさる。ほんの少しの違和感に、私とマキノちゃんがちょっと目線を交わしたときだった。

「ちひろさぁん、美城プロ所属のアイドルってぇ、別にプロデューサー以外に仕事もらっちゃいけないってわけじゃないっすよねぇ? あのー、はぁとー、プロデューサーからはいやがらせみたいなレッスンしか指示されてなくてー、だからだから、はぁとになにかイイお仕事、ほんのちょーっぴりでいいんで、いただけないかなぁーって」

 はぁとさんは立ち上がり、ちひろさんにすり寄るようにして、声色を使って言う。
 けれど。

「心さん、私の一存で、意向と違うことをするわけには行きませんよ」

 ちひろさんは、はぁとさんにぴしゃりと言った。
 声にトゲがある、と私は思った。部屋の空気の温度が、ちょっと下がったみたいで。
 なんだか、いつも笑顔のちひろさんらしくない。そう思ったとき――

「でも、もう!」はぁとさんは急に大きな声を出した。「もう、あとがないんだよ! わかるっしょ!? 三十路が少しずつ迫ってきて、アイドルとしてはギリギリ崖っぷちで、同年代の早苗さんや瑞樹さんはもっと活躍してるのに! もっと踊りたい、歌いたい、ライブがしたいんだよ! プロデューサーからは毎日のようにOLみたいな事務仕事ばっかり、いやがらせみたいなレッスンばっかり受けさせられて! こんな中途半端なことしてたら年食ってくばっかりだろ! もう、もうこんなのじゃ、アイドルって、言え――」

 最後のほうは泣き声みたいになって吐き出したはぁとさんの言葉を、ちひろさんは睨みつけるくらいに強い目で見ていた。
 私とマキノちゃんは、一言も発せずその場に凍り付いていた。



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