【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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2: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/04(火) 21:40:49.14 ID:gOTfw+RA0
1.Syringa vulgaris

「あんたみたいな人、芸能界に居るべきじゃないと思う」

 オーディションが終わった直後の控室の中、低くて冷たい声で、その人が言った。

「さっき言ってたよね。誰かを元気にするために頑張りたい、だっけ? じゃあまず、あたしを元気にしてよ。あんたが落ちて、あたしが通ったら、あたし超元気になれるよ」

 私は何も言い返すことができなくて、ただ、その人の目を見つめ返すしかできなくて。

「中途半端な気持ちで来んの、迷惑」

 そこまで言って――その人は、私の目のまえから、煙のように消えちゃった。ううん、消えちゃったと思ったのは私の勘違い。控室の床が崩れて、私は暗闇へと真っ逆さまに落ちていたんだ。
 その人は、見下すように、私のことを見下ろしてた。
 私は必死で、どこかにつかまるために手を伸ばし――

---

「……あ」

 スマートフォンにセットしていたアラームが鳴ってる。部屋のカーテンのすきまから、柔らかい朝日が差し込んでいた。
 ベッドの外までぐっと伸びっぱなしの右手。私は身体を起こして、枕元のスマートフォンのアラームを止める。

「……んんっ……ふぅ」

 伸びをして、ひとつ息をついた。首元にはじっとりと嫌な汗。

「また、同じ夢……見ちゃったなぁ」

 右手を胸に。まだ少し、鼓動が早いまま。
 一か月ほど前、たまたまオーディションで一緒になった他のプロダクションの人から言われた言葉は、頭のなかでずっと渦を巻いてた。グループ面接形式の、ドラマのキャストを決めるためのオーディション。意気込みを聞かれ、私は誰かを元気にしたいと言い、その人は自分自身が輝きたいと言っていた。
 オーディションが終わってから、控室でその人は強い声と表情で、私に……さっき夢で見た通りのことを言ったんだ。
 オーディションの結果は、私は落選。彼女は通過。
 友達やトレーナーさんは、気にする必要はないと言ってくれたし、私も気にするつもりはなかったけど……どうしてか、あのときの言葉は、私が自覚してるよりもずっと深く私の胸に刺さったみたいで、こうしてよく夢にも現れてる。
 気にする事ではないとは思っているけど。でも……私はデビュー以来ずっと、外部のオーディションに落ち続けていて。
 誰かのためになりたいと思っていたはずの私は、誰のためにもなれないまま、時間だけが過ぎていった。

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