11: ◆hQrgpWdMp.[saga]
2018/05/15(火) 21:52:12.49 ID:TeqkJU5v0
空を旅するといっても自由な旅ではなかった。様々な困難の果てに星晶獣アーカーシャを打ち倒し、悲壮な覚悟で戦いを挑んできた黒騎士を下し、彼女の問題が全て丸く収まるまで息つく暇もなかったように思える。
戦いの果てに訪れた平穏をジータの故郷であるザンクティンゼルで過ごすことにした一行は、今後の身の振り方という問題に直面しつつも静かな夜を過ごしていた。
皆も寝静まったであろう真夜中。リーシャはこっそりと宿として借りていた部屋を抜け出し、森の方へと向かった。
真夜中だからということもあるが、人気のない静かで穏やかなその森は10年前と何も変わらない。変わってしまったのは自分だけだ。
(このままずっと、ジータに嘘をつき続けるの?)
リーシャがジータの騎空団に派遣されたのはエルステ帝国の動向を探るため。帝国は既に国としての体を維持できず、崩壊してしまっていると言っていい状態だ。もはやリーシャはいつ秩序の騎空団に呼び戻されてもおかしくない身だった。
(このまま離れていいの?)
ジータに真実を知らせないまま離れ離れになってしまっていいのか。『セリア』は自分だと、ずっと心の支えになってくれてありがとうと伝えなくていいのかと。
(でも、もしジータに失望されたら……)
自分よりも弱く最初から偽名を使って己を偽り、本当はただのコンプレックスの塊でしかないリーシャの真の姿を知って、彼女はまだ『お姉ちゃん』と呼んでくれるのか。
怖かった。『碧の騎士の娘』であることを知られることだけを恐れていたあの頃よりもずっと。浅ましく卑屈な自分の真の姿で、彼女の憧れが上書きされてしまうことが。
もしそうなってしまったら、自分ももうあの頃の思い出を支えとすることができなくなってしまう。
(結局自分のことばっかり……)
情けなさに唇を噛んでリーシャは森の奥へと進んで行く。ジータと水浴びをしていた湖までたどり着くと、誰かがほとりに腰かけているのが見えた。
「……やっぱり」
薄い月明りを照り返す湖に足を付けて波紋を広げていた誰か――ジータはそう言ってゆっくりとリーシャへと振り返った。
「リーシャさんがセリアお姉ちゃんなんだね。こんな夜中にこんなところ、来る人なんていないもん」
「……っ!」
ジータの言葉に息をのむリーシャ。
(どうして……!?)
「はじめて会ったときから気づいてたよ。忘れないよ、私の一番大切な人の顔」
リーシャが驚いているのが顔を見てわかったのだろう。ジータは薄く微笑んでそう言った。
「事情があるんだろうな〜って思ってずっと黙ってた。いつか言ってくれるって思って待ってたんだけど、ごめんね。我慢できなくなっちゃった」
「謝るのは私の方です。ずっと、騙していたんですから……」
謝罪するジータを制してリーシャはより深く頭を下げる。ジータは何も悪くない、全て自分が悪いのだと。バレてしまったのならば全てを話すしかない。
「怖かったんです。七曜の騎士の娘だと知られたら、貴女も私をそうとしか見てくれなくなるんじゃないかって。貴女には、私を見ていてほしかった」
「……」
「それに失望されるのも怖かったんです。今の貴女は、七曜の騎士や十天衆さえも相手にできるほど強くなった。なのに私は、そんな貴女の足元にも及ばない……」
体と声が震えた。涙が溢れそうになった。しかしリーシャは堪えて続ける。
「貴女の憧れで、お姉ちゃんでいたかった……貴女との思い出がずっと私を支えてくれてたから……ずっと、今でもずっと……」
はじめてリーシャをリーシャとしてほめてくれたジータの声。優しく頭をなでてくれた手の温もり。片時も忘れたことのなかった思い出が段々と色褪せていく。
それが自分に与えられた罰だとリーシャは思った。ジータを偽り、見せかけだけの『お姉ちゃん』に憧れさせ続けた自分には、あの日の思い出を持ち続けている資格はない。
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