52: ◆CItYBDS.l2[saga]
2018/07/03(火) 20:41:43.68 ID:nr7S1uqh0
「勇者様、一緒に寝ないのかい?」
月明りが部屋を照らす。それほど広くはない部屋には、粗末なベッドがひとつ。されど、人影は二つ。
ベッドにもぐりこんだ遊び人が、声をかけてくる。
「その間、誰が見張りを続けるんだよ……」
揶揄われていることは分かりきっているのに、抗いがたい誘惑の言葉に必死に感情を抑え理屈を押し通す。
そんな俺の心情を察してか、遊び人がくっくっくっと笑いをこらえている。
ここは教会の二階。普段は、旅人を迎える客室として使われている質素な部屋だ。そんな狭い部屋に、俺と遊び人は互いの息が頬をなでる程の距離で見つめ合っていた。
嘘だ。というより、そうだったらいいなという願望だ。実際のところ、遊び人はベッドに横になっているし、俺は窓際に置かれた椅子から外を眺めている。ランプに火は灯していない。
教会の向かいには、それこそ狼が息を吹きかければ飛んでしまいそうなボロ屋が一軒。俺の視線は、そのあばら家に向けられ離れることはない。
先日の一件で、俺たちは闇に潜む魔王軍の情報を得た。かつては、表舞台で暴れまわった彼らは今や一犯罪組織として王国の裏側で暗躍している。
その手口は非常に巧妙で、俺はこの5年間、奴らに関する情報を一切得られていなかった。そんな闇の中を手探りで歩くような困難の中で、俺は遂に一筋の光明を得る。
秘密裏に活動する魔物達と魔王とのつなぎ役、魔王軍の連絡員の所在。遊び人によって、引き出された魔王に辿り着く唯一の情報だ。
合流を果たした俺と遊び人は、その日のうちに旅支度を調えこの宿場町まで馬を走らせた。旅に同行者がいるのは、初めての事だった。
別に一人が好きというわけではない。これまで、一人旅立ったのは信頼のおける仲間を持ち得なかったからだ。もちろん、魔王討伐の中で旅に同行したいという者は数多いた。
だが俺は、慎重で疑り深い男なのだ。旅の同行者が、どういう人物なのか。情報を集め、当人と話をし、信頼関係が築けると確信できるまで俺は気を許さなかった。俺の事を臆病だと嘲る者もいたが、その使命が故に、常に魔物達から命を狙われていたのだから仕方がないだろう。
まあそういうわけで、俺には仲間ができなかった。こいつなら、という奴も何人かは居たが、俺の執拗な身辺調査に嫌気が差したのだろう。翌日には姿を消していた。
遊び人に関して、俺は何も知らないに等しい。元騎士で、ナイフ使い、魔王を追っているということ以外は年齢も本名すらも聞いていなかった。
いつもの手順を踏まなかったのは、あの晩に襲撃した秘密倉庫から、俺たちの情報が出回る前に連絡員に辿り着く必要があったからだ。致し方が無かった。
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