173: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/05/03(金) 16:29:04.16 ID:KfriHW7I0
――――――
「いらっしゃいませ」
マスターの声に、俺は胸をほっと撫でおろす。
店の奥には、一人の女がカウンターに突っ伏している。
ブロンドの美しい髪、屋内でも決してとることのない赤いマフラー、そしてまるで道化師のような派手な服。
彼女は、そこにいた。
「あ……」
「こんなところにいたのか」
新たな客に、ふと顔をあげた彼女は、俺の姿を見ると再び机に突っ伏してしまう。
脇には、チェリーが入った逆三角形のグラスがひとつ。まるで、先日から彼女の席だけ時が止まっていたかのようだ。
「まさか、ずっと飲んでたのか?」
俺の問いかけに、彼女は答えない。
「ひとまず帰ろう。ずっといたらマスターも迷惑だろう」
やはり、返答はない。
だが、ここで彼女と押し問答をする気は俺にはなかった。
二の轍を踏んで、マスターを再び起こらせることもあるまいとの配慮からだ。
「マスター、会計は」
「先日、十分な量をいただきましたから」
俺は、黙ったままの彼女の横に立ち手を胸の前まであげる。
すると、遊び人が声を上げた。
「まって」
「……まだ、飲み足りないなんて言わないでくれよ」
「そうじゃないの」
「勇者、私帰れなくなっちゃった」
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