35: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/10(木) 17:28:47.38 ID:xTncLF7m0
「そう焦ることはない」
プロデューサーさんが言った。
「全部が全部オーディションにもたどり着けてないわけじゃないだろ。多くはないけど仕事もしてる。うちはよっぽどのスキャンダルでもない限りは契約解除するようなことはないから、細々とやっていくなら今のままでも心配は要らない」
「……そんなの、嫌です」
「なんで?」
「そんなんじゃ、トップアイドルになれないじゃないですか」
「トップアイドル」
プロデューサーさんが繰り返すのを聞いて、急に恥ずかしくなった。
まだほとんど仕事もしてないのにトップアイドルなんて、大口を叩くにもほどがあるだろう。
「す、すみません、忘れてください……」
「安心した」
「……なにがですか?」
「俺も、トップアイドルのプロデューサーってものになってみたかったから」
冗談なのか、それとも本気で言っているのか、その表情からは読み取れなかった。
「でも、白菊はなんでトップを目指す? ふつうのアイドルじゃ駄目なのか?」
プロデューサーさんが訊ねる。私は、どう言葉にしたらいいものだろうかと、しばらく考えこんだ。
「私は……自分の夢のために多くの人を不幸にしてるんです。いくつも事務所が潰れて、たくさんの人が職を失って」
言葉を切って、運転席に目を向ける。プロデューサーさんは、「聞いている」というようにうなずいた。
「他人を巻き込みたくないなら、アイドルなんて目指さないほうがよかったんです。……でも、もうさんざん迷惑をかけちゃったから」
私はうつむいて自分の膝に目を落とし、スカートの裾を握り締めた。
「……仕事のないアイドルなんかで満足しちゃったら、みんなの不幸が報われない」
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