117: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:36:51.28 ID:AfpWDvGb0
09.
建物に入ると、遠くのほうからざわざわと人の声が聞こえた。
プロデューサーさんのあとについて進むと、だんだんと喧騒が大きくなり、スタッフさんたちが忙しく駆け回る姿が見えてくる。
いたるところに、なにに使うのかわからない機材が雑多に積まれていて、床はコード類が駆け巡っている。埃っぽくて、火薬みたいな匂いがした。どこかテレビ局のセット裏に似ている。
「まだまだ時間あるな」
腕時計を見て、プロデューサーさんがつぶやく。
「俺は設営のほう見てるから、控室入っててくれるか? 会場の外に出るときはひと声かけてって」
「わかりました」
プロデューサーさんと別れ、演者用の控室に入る。
けっこう広い部屋だった。壁のほぼ一面が大きな鏡になっていて、化粧台がいくつか並んでいる。部屋の中央には長机と椅子が6脚あって、長机の上には電気ポットと急須、重ねた湯呑がいくつか、それにお茶っ葉の缶が乗っていた。
椅子をひとつ引いて腰掛ける。
部屋の隅のほうに、ダンボール箱が3つ並べられているのが目に映った。箱にはそれぞれ相葉夕美、一ノ瀬志希、白菊ほたると名前が書いてある。今日の衣装が入ってるんだろう。
私はしばらく、座ったままでぼうっとしていた。
時間つぶしに外に出るつもりはない。さっき見た、黒い空が忘れられなかった。
『不吉』というものを表すのに、あれ以上のものはないだろう。思い返すだけで、ぞくりと寒気がした。
早く夕美さんが来てくれたらいいのに、と思った。夕美さんがいてくれたら安心できる。あんな光景、きっとすぐに忘れさせてくれる。
もちろん、夕美さんと志希さんはまだ当分来ることはない。早い会場入りをしたのは、もし私が交通機関のトラブルにあった場合に、ふたりを巻き込まないよう時間をずらすという意図もあったのだから。
外に出ないとなると、時間をつぶせるようなものは携帯電話ぐらいしかない。だけど、バッグからそれを取り出し、画面を点灯させると、『圏外』になっていた。もはや落胆もしない。私にはよくあることだ。
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