高垣楓「君の名は!」P「はい?」
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48: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/20(金) 20:39:19.83 ID:NMaauvKO0

「あら、瑞樹さん。おいでやす」

琴の稽古をしていた太夫が顔を上げ、笑いかけると、天神は膝行で室に入り、ふすまを閉めた。

「こったい、お話がありんす。正三位殿のお身請け話、お断りにならはったようどすね」

挨拶もそこそこに、天神は切り出した。

「はあ、そうどすね」
「はあ……じゃあ、ありんせん。どういうことでござんすか。あんないいお話を蹴るなんて」
「お身請けのお話をお断りする事は、別段、珍しいお話でもない思うけどなあ」
「そんなこと言うて、こないだの西園寺卿とのご縁談も、お断りにならはったですやろ」
「はあ、そうどすねえ」
「そうどすねえ……じゃあ、ありんせん!」

一見して、なんの気ないやり取りであるが、この世界ではおよそあり得ぬ光景であった。
まず、下位の天神が太夫の室を呼ばれもせぬのに訪ねていく、という事からしてあり得なかった。廊下でも上位の者とすれ違うときは、下位の者は目を伏せるようにして、決して正面から見てはならなかった。それくらい、芸道の序列というのは厳格なものだったのだ。

「また、あの新撰組のお人どすか」
「」ピクッ
「最初のお座敷の時は三度もお断りをしたらしいですのに、一度逢瀬をしはってからは、なんやえらい仲睦まじい様子やないどすか」
「は……はて? なんのことやら」
「こったい、あの方を慕うておられるのですか」
「………」ピューピュー
「そっぽ向いて下手な口笛など吹きませんの! 」

このように気安い関係が許されるのは、禿の頃からの同輩同士であるということ以上に、二人の人柄に依るところが大きい。
基本的に、番付の上位の者は、下位の者にとって神と同じで、下位の者が上位の者になにかものを言うなど言語道断である。
上位の遊女が目下のものを虐め殺してしまうことは珍しくも無かったし、それが特段、詮議されるようなことも無かった。

この時代の日本はとかく、身分と格式であった。

武士にしてみても、足軽と千石ものの大身旗本は、はっきり言って同じ人間ではなかった。牛や馬と、その主たる人間ほどの隔たりが存在した。
しかもそれは、本人の意思の及ばざる出自や家柄によってあらかじめ決められていた。
それでも女性ならば美貌と芸技で成り上がることが出来たかもしれないが、それにしたって、生まれたお家が安泰ならば、このような廓暮らしで苦労をすることもなかった。

「……みずき姉さまやて、あの川島さま言わはる新選組の方のお座敷では、態度が全然違うやないどすか……」

ぶうっ、と、少し膨れながら太夫が、ぼそっと呟いたところで、天神はピンと背筋を立て、パンッと柏手を一つ打った。


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