23:名無しNIPPER[saga]
2018/01/18(木) 21:24:26.68 ID:3iKMEwHU0
「がんばれ」
そんな言葉が、ぽつりと呟かれた。
顔を上げる。私に向かって言われたわけではなかった。
奈緒さんは体を起こし、画面へ視線を向けていた。
映像では、エミリーが歌の途中で泣き出してしまっていた。
両目にいっぱいの涙を溜め、懸命に堪えようとしているけれど、歌詞が続かない。音楽も止まってはくれない。
けれど、代わりに声援が大きくなる。
サイリウムの輝きが増していく。
私達はしばらくぼうっとそれを眺めていた。
エミリーの涙を。私達があの頃にいた場所を。
エミリーは歌い出す。笑顔を取り戻して歌う。
万雷の拍手がステージに響いた。
あれは本当に大きく、そしてあたたかい拍手だった。
私はコタツから這い出て、奈緒さんの手元にあったリモコンへ手を伸ばす。
再生をとめた。天板に置いてあった2つの缶をひょいっと持ち上げ、残りを飲みきる。それを流し台へ持っていった。
キッチンの方は冬の温度できんきんに冷えている。
私はその空気をすぅっと吸い込んだ。昔話とコタツで火照った体に、染み渡らせるように。
息を吐き、冷蔵庫の中を開けさせていただく。自炊に熱心とは言えない中身を見ない振りして、チューハイの缶を2本抜き取った。
部屋へ戻ると、さっきは寒いと感じたのに、人が二人いるからか、部屋自体すこし温まっているようだった。
控え室も一人でいるよりみんなでいた方が暖かかったものな、と思い出す。
「あ、勝手にあけたな、このぉ」
「介抱のお駄賃ですよ。奈緒さんはやめときましょうか」
「2本持ってきといてなに言うてんねん。よこしや」
プルタブを開けて、飲む。ステージの後の水は格別においしかった。
でも、お酒も悪くない。
あの頃は飲めなかった。
今は飲んでもいい。
10年の年月が変えたところだ。私はコタツには入らず、そっと天板へ触れた。
「コタツ、奈緒さんの家まで運んできたの、覚えてますか?」
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