奈緒「志保、コタツはいつでも出せるんやで」
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19:名無しNIPPER[saga]
2018/01/18(木) 21:22:22.99 ID:3iKMEwHU0
 春が見えてきつつはあったけれど、まだ冬の色合いが濃い季節だった。
 そうだ、ちょうど今頃だった。昼は偶に暖かい時があるけれど、夜はめっきり冷えるから、着るものに困る。
 その日も散々迷って、暑い分には脱げばいいかとコートとマフラーをしていった。

 いつもの電車に乗って、いつもの道を歩いて、あぁやっぱり暑かったなぁ、なんて少し後悔しながらコンビニに寄った。
 麗花さんが洗剤のコーナーで難しそうな顔をしていたので、声はかけずに水を買った。

 やがて何度も通った事務所のあるビルへ。
 ずぅっと修理されないエレベーター、
 地震が来たらあっさり倒れてしまうんじゃってくらいに古びた壁、
 荷物ばかり増えて歩きづらくなる一方の階段を一歩ずつあがりながら、私は思ったものだ。

 あぁ、今日で最後だな、と。


「……あの後、プロデューサーさんがめちゃ責められてたからなぁ。
 可奈と静香があんな風にキレとんのみたの、最初で最後や。いや、静香はいつもやったか?」

 あの日も随分詰め寄られたっけ。
 悪い事をしたなぁ、という気持ちはあった。
 他に方法があったんじゃないかな、と考えた事が一度もなかったとは言えない。でも、選択に後悔はない。

「プロデューサーさんをあまり責めないでください。
 誰にどんな風に諭されても、あの選択は変わらなかったと思いますし」
「……それはそん時に言ってくれんとなぁ。
 可奈と静香を筆頭に、しばらくプロデューサーさんと口きかへんくて大変やったんやから」

 奈緒さんが笑いながら、指でつまんだ缶を振る。
 一番の被害者はプロデューサーさんだったのかもしれない。

「アイドルになってから、3年くらいやったか?」
「そうですね。なので、今からだと……7年前、かな」

 指折り数える。今年で24歳になるので、アイドルになったときから数えると10年だ。
 辞めてからは、7年が経っている。

「……理由は、あの時に話した通りです。私は女優になりたかった。
 アイドルはあくまでもその為の繋ぎ……箔を付けるためのものでした。
 それは十分に達成できた、とあの頃に感じました。
 もちろん、私だけの力ではなく、奈緒さんをはじめ、みんなの力添えあってのものでしたけれど」
「……ま、そんなことを言ってたわな」
「その理由では、納得できませんか?」

 奈緒さんは菓子鉢から小袋を取り出し、ぴりっと破いた。
 柿の種だ。真ん中に置かれたので、私も一粒つまむ。
 奈緒さんはピーナッツを口の中へ放り込んだ。


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