4: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 20:54:02.16 ID:bbgcA4Fi0
「ようやく一息つけますわね。雪歩ちゃん、わたくしも後でお茶を頂いてもよろしくて?」
「はい、もちろんっ。……桃子ちゃんもお茶、飲む?」
「うーん……桃子は大丈夫。劇場に飲みかけのペットボトルが残ってるから、先にそっちを飲まないと」
「あぅっ……そっか、それじゃあ仕方ないね」
誘いを断られた雪歩は、ちょっとだけ残念そうにうつむいた。折角だから四人でお茶しようと思っていたけれど、断られてしまったのに無理強いはできない。
真後ろの席に座っていた桃子に雪歩のしぐさは見えなくても、声音から感情をなんとなく読み取ることはできた。少し気まずくなって、桃子は視線を逸らすように窓の外を眺める。灰色のビルに遮られた遠くの淡い青空に、ぼんやりと白い雲がかかっていた。
「……こほん。ええっと、それじゃあ」
帰ってきて、そのまま劇場の控え室に集まる。話の前にプロデューサーがひとつ咳払いをすると、何を仰々しくしてるの、と言わんばかりの視線が桃子から突き立てられた。どうやら随分と機嫌を損ねてしまったらしい。
「改めて……みんな、ラジオの収録お疲れ様。これで、公演までに四人で行う宣伝活動の大部分が終了したことになる」
「これからは、公演に向けたレッスンに集中してほしい。トレーナーさんに指導してもらうレッスンについては日程を組んだから、確認しておくように」
スケジュール表の書かれた紙が四人に配られ、各々が内容に視線を向ける。そこには四人分の仕事の予定と、全体、あるいは個別でのレッスンの日付が記されていた。ところどころ、何の予定も入っていない日も見受けられる。
「この日程以外に、自主的にレッスンをすることはできますの? 空いた時間が少し勿体ないですわ」
「自主レッスンの裁量はみんなに任せる。空き時間全部にレッスンを詰め込んでも息が詰まるだろうし、進み具合で各自判断してくれ」
「お兄ちゃん……そういうの、丸投げって言うんじゃないの?」
「まあまあ、順調に進めば予定してあるレッスンだけでも必要な練習量が確保できるって見通しにしてあるから、そう心配しなくても大丈夫だよ」
「あの、プロデューサー。ロコだけソロのお仕事のスケジュールがタイトですけど……もう少し、余裕を持たせられませんか?」
「あー……すまない、こればっかりは調整が利かなかったんだ。軌道に乗り始めてるアート関係の仕事はなるべく断りたくないだろ? できる限りのフォローをするから、どうにか頑張ってほしい」
プロデューサーが向けられた質問に淀みなく答えていく中、雪歩だけはスケジュールをじっと見つめたまま言葉を発していなかった。傍からは集中しているようにも放心しているようにも見えるその様子は、質問が一段落してもそのままだ。
「おーい、雪歩? 聞いてるか?」
「は、はいっ!? あ、えっと、スケジュールの質問は大丈夫です他に何かありましたか!?」
一転、ひと声かけただけでびくっ、と飛び上がって大慌てで受け答えを始める。雪歩の様子は少しちぐはぐで、いつものことと言ってしまえばいつものことだけど、そのいつもは彼女にとって気がかりがある時を指す言葉でもあった。
「い、いや、まだ特に他の話はしてないけど……何かあったのか?」
「あう、すいません、ちょっと考え事をしてました……」
「考え事? 相談でもなんでも、必要なことだったら言ってくれよ?」
「い、いえ、本当に大したことじゃないですから! 私なんかより、みんなの質問を……って、みんなはもう聞きたいことを聞き終わったんでしたっけ……」
一度ペースが乱れると、とことんまでダメダメになってしまう。言い終わってすぐ、雪歩は内心で頭を抱えた。だって、たった今自分に課したはずの意気込みにそぐわない振る舞いを、早くもやらかしてしまったのだから。
萩原雪歩は39プロジェクト発足前から765プロに所属しているアイドルである。つまるところ、今回CDの発売からその記念公演までの一連の仕事を共にする、三人の新人アイドルたちの先輩にあたるわけだ。
自分より年上の相手もいれば、人生の半分近くを芸能界に身を置いて過ごしていたような子もいる。情けない話ではあるけれど、先輩らしく振舞うことについてはすでに諦めていた。
しかし、それでもみんなが進んでいく道を、先んじて踏み固めた一人であることも確かな事実。情けないところなんて見せられないと思うのは、当然のことじゃないだろうか。
「と、とにかくっ。私は大丈夫ですから、話を先に進めてもらっても……」
「まあ、雪歩がそう言うなら。とはいえ、概ねは以上だ。良い公演を期待してるぞ」
「…………うぅっ。私、お茶をいれてきますね……」
完璧に、この後ももう少し話が続くものだと思っていた。だから促してみたというのにこの有様ではあんまりである。もう自分に残された存在意義なんてみんなに温かいお茶を飲んでもらうくらいのものなんじゃないかと、雪歩は一瞬本気で考えた。
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