【モバマス】十年後もお互いに独身だったら結婚する約束の比奈と(元)P
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33: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/12/24(日) 16:24:19.84 ID:HzWwrR110
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 優しそうな人で良かった。
 最初にプロデューサーに会ったとき、千枝はそう思った。
 それからは頼れるオトナとして信頼し、好きだと思うようになった。
 その好きが、時間を経るにつれ、ほかの人に向けている好きとはすこし違うことに気づいた。
 千枝がその気持ちに名前を付けたのとほぼ同じころ、千枝は比奈とプロデューサーの約束を知った。
 だから、千枝は知っていた。千枝の気持ちはきっと受け入れてはもらえない。
 それでも、千枝は進むことにした。

「……ごめん」

 その言葉が耳に入って、千枝は息を止めた。
 辛くて、痛くて、悲しかった。
 でも、そうなるとわかっていて、千枝は今日のこの約束を取り付けたていた。
 千枝自身の気持ちに折り合いをつけないと、前に進めないし、素直に二人を祝うこともできないと思っていた。
 だから、辛くて痛くて悲しくても、後悔はなかった。

 椅子の動く音が聞こえた。千枝を残して出ていくつもりなのだと思った。たしかにそうするしかない。
 だから黙って送るしかない。理性では千枝はそう考えていた。
 けれど。
 気が付くと、千枝は立ち上がっていた。
 きっと、今日が最後になってしまうから。
 だから、もうすこしだけ、わがままを許してほしい。そう千枝は願った。
 追いかけて、去ろうとする背中のシャツをつまむ。

「……約束、だからですか?」

 言いながら、空いている方の手で顔を覆った。そんなことを聞いてどうするんだろう。自分を叱りたかった。でも、頭の中はぐちゃぐちゃで、自分自身を制御できなかった。

「そう、思ってた」穏やかな声が聞こえた。「でも、いまは違うよ。約束があるから守るんじゃなくて、自分の意志で約束を守りたいんだ。……そう気づけた。最近、ようやく」

「プロデューサーさん、千枝……オトナになって、オトナになってもプロデューサーさんといっしょがよくて、千枝のほうが、ずっとずっとプロデューサーさんのこと好きだって、自信、あります」

 なにを言っているんだろう。みっともない。こんなの、オトナじゃない。そう思いながら、千枝は自分自身を止められない。

「それでも……プロデューサーさん……は……っ」

 情けなくて、目から涙がこぼれて、千枝は背を丸めた。千枝の頭が、すぐ前にある大きな背中に軽く触れる。
 こんなことを言いたいんじゃなかったのに。
 そう思っていると、千枝の頭に触れていた背中が離れ、それから、大きくて暖かい手のひらが、そっと千枝の頭を撫でた。

「千枝、ごめんな」

 その声を聞いて、名前を呼ばれて、千枝の心は、不思議と軽くなった。頭の中のもやもやが氷解して、消えていく。
 やっぱり、優しい。そう思いながら、千枝は頭に乗せられた愛おしい手のひらに意識を集中させた。

 コドモの頃は、よくこうして頭を撫でてもらった。
 オトナは、簡単に相手に触れたりしないし、できない。
 あんなにオトナになりたいと思っていたはずなのに。今は、もう一度コドモに戻って、あの頃みたいに頭を撫でてもらいたいと思っていた。
 この手が離れたら、きっともう、二度と、触れてはもらえない。

 ああ、このまま時が止まってしまえばいいのに――

 そう、千枝が思っているあいだに、暖かい手のひらは、そっと千枝の頭を離れた。
 さようなら、と千枝は心のなかで呟いた。
 そうして千枝は涙を拭かないまま、笑顔で言った。

「ありがとうございます、――お幸せに」

 千枝は、大切な人の幸せを心から願うことができるのを、嬉しく思っていた。



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