【モバマス】十年後もお互いに独身だったら結婚する約束の比奈と(元)P
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32: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/12/24(日) 16:21:49.79 ID:HzWwrR110
 それから、千枝とはしばらくの間、運ばれてくる料理を楽しみながら会話を続けた。
 お互いの今の仕事のこと。千枝の今のプロデューサーのこと。今度発売される新曲のこと。ほかのアイドルや、引退した元アイドルたちのこと。
 千枝はほんとうに、嬉しそうに話をした。

 話しながら、何度かお互いにワインをお代わりする。千枝は二杯目を空にしたころからほんのりと上気し頬を染め、その姿が強い色気を感じさせていた。
 一時間程度が経過しただろうか。デザートとコーヒーが運ばれてきて、お料理は以上です、食器は退室後に片付けます、と使用人が説明してくれた。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。どのお料理もとっても美味しかったです」

 二人で礼を言うと、使用人は微笑んで恭しく頭を垂れ、部屋から出ていった。

「ほんとに、レストランで食事してるみたいだったよ」

 言いながら、千枝のほうを見ると、千枝はじっとカップを見つめて、真面目な顔をしていた。
 思わず、姿勢を正した。
 千枝はゆっくり顔をあげて、こちらを見て、表情を緩める。

「……いただきましょう」

「そうだね」

 それからは、無言でコーヒーとデザートを口に運んでいた。
 その場を緊張が支配していく。

 やがて、二人の皿とカップは空になる。

「……今日は、ほんとうにありがとうございました」

 千枝は穏やかに微笑んで言った。

「こちらこそ、ありがとう。もう千枝のプロデューサーでもないのに、呼んでくれて」

「でも、私にとっては大事な約束でしたから」

 千枝は真面目な表情で言った。それから、右手を胸に置いて、自分を落ち着かせるようにひとつ呼吸する。

「……私、オトナになりました。……コドモの頃は、オトナになったら、いろんなことができるようになって、緊張するようなときも、ドキドキしないでちゃんとできるんだろうって思ってました。けど……やっぱり、オトナになっても、ドキドキするんですね。……はぁ」千枝は再び、胸に手を置いてひとつ呼吸する。「いまも、すごくドキドキしてるんです」

 そういって千枝は困ったように笑う。

「……うん」

 どういう表情で受け取っていいのか、わからなかった。大人になった千枝よりもさらに大人であるはずなのに。無力さが歯がゆかったが、せめて千枝の緊張を和らげるために、穏やかな表情を努める。

「すごくドキドキしてるんですけど、今日はほんとうに、すごく嬉しかったんです。……だから、これからも、また……えっと、会って、欲しいです。昔みたいに、ううん、昔よりもっと近い距離で、一緒に、歩いていきたい……です」

 最後はぎゅっと目をつぶって、千枝はそう言った。
 それから目を開けて、恥ずかしそうに目を細めて微笑んだ。

「……ありがとう」礼を言って、それから頭を下げた。「……ごめん」

 放った言葉に圧し潰されそうになりながら、ゆっくりと顔をあげた。千枝は自分のカップをじっと見つめて、何も言わなかった。
 おたがいに沈黙したまま、約一分。気の遠くなるような長さの一分だった。

 あとはもう、このまま去るしかない。千枝の想いを断ってしまえば、なにもしてやれることはない。ゆっくりと、立ち上がる。
 千枝に背を向けて、歩き出そうとしたときだった。

 椅子の動く音がした。それからぱたぱたと走る音が聞こえ――着ていたシャツの後ろを、千枝に摘ままれた。

「……約束、だからですか?」

 千枝は、絞り出すみたいな声でそう言った。



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