80: ◆EpvVHyg9JE[saga]
2018/01/19(金) 20:31:40.46 ID:J6JjSiGRO
夜。勇者は先代勇者の館から出ると、両手を上に突き出し、気持ちよさそうに背伸びした。そよそよと初夏の風が吹く。既に、あちこちの草むらで虫達の演奏会が始まっているようだ。
勇者「いつ聞いても飽きないな。虫の声は」
夕食の後、書斎で軍師と話し込んだ。戸籍の確認、資力調査、医療保険制度の刷新。先代勇者の治世と差別化を図るために、勇者も軍師も躍起になって様々な案を出し合った。
大富豪と間諜は陽が沈む前にバルフ郊外の屋敷へと戻った。大富豪が間諜に、ぜひ頼みたい仕事があるのだという。恐らく、タシケント北部の写生工場についてだろう。おおよその見当はついていた。
剣を鞘走らせる。風を切る音が鳴り響く。しかし、迷いはまだ断ち切れない。目の前に靄のごとく漠然と漂っている。魔女も軍師も大富豪も間諜も妹も、みな何かしらの才能がある。自分は才能などない。妹の学費を捻出するため実直に働いてきた平凡な少年だ。
国王『その者は、ただの町人ではないか』
国王の何気ない一言が、胸の奥に刺さった。なぜ神は自分を選んだのだ。主役に相応しい傑物なら、他にいくらでもいる。
例えば魔女。彼女の影響力は絶大だ。地方都市の教師で終わる人間ではない。魔女と共に闘った戦士や僧侶もいいかもしれない。彼らはなぜ勇者になれなかった? なぜ自分が?
勇者の妹「おにーちゃん♪」
勇者「ああ……お前か」
勇者の妹「久しぶり。元気してた?」
勇者「まぁな。大役に抜擢されたこと以外は、変わりない。お前はどうだ、小説の方は書けたのか」
勇者の妹「うん、大富豪さんに見せてOKもらったよ。あとはタシケントでひたすら印刷するだけだって」
勇者「良かったな。立派な作家だ」
勇者の妹「……うん」
勇者「……」
勇者の妹「ちょっと散歩しない?」
256Res/223.00 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20