8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/11/23(木) 20:48:26.73 ID:rdG/2M1Y0
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公演へ向けたレッスンが二週間くらい続いて、あっという間に当日がやってきた。本当にぎりぎりだったけど、私は泣かずに最後まで歌いきれるようになった。
公演は順調そのものだった。私はソロ曲披露のトリを務めることになって、みんなのパフォーマンスを舞台裏で見ながら、少しずつ気力が高まっていくのを感じていた。
明るく盛り上げることはできないけど、MCでも繋ぎを支えたり、言葉選びをサポートしたり、私にできそうなことを見つけては挑戦してみた。
そうして私が歌う直前、照明が落ちる。
みんな、舞台からはける途中で肩や背中をたたいたり手を握ったり、あるいは小さく声をかけてくれたり、それぞれに私を激励してくれた。
レッスン中の私の姿は、劇場のみんなが知っていた。
明転……少しだけまぶしくも感じるライトを浴びて、ピアノのイントロを聞き取りながらゆるやかに踊り始める。
もう、何度聞いただろう。私だけの、大切なこの曲を。
どうしてか、いちばん言いたいことが上手に言えない私は、せめて歌うことでひとつでも伝えてみようと思う。
フレーズのひとつひとつをなぞるたびに胸はちくりと痛むけど、それさえも届けたい気持ちを彩ってくれるから。
溢れ出る気持ちは、押さえつけるんじゃなくて、涙になる分が残らないくらい、余すことなく歌にする。
もどかしくて、せつなくて、時に苦しく、時に嬉しく。私だけのちいさな恋を全部ぜんぶメロディに乗せて……それが、私が見つけた泣かない方法だった。
いつか、この恋が。しあわせな世界へ踏み出すその前に。
心から歌えるようになりました。
何でもできる、とはいかないけど、ただ臆病なだけの私からは、すこしずつ変わっていけてるのかな。
それもあなたが見つけてくれたおかげです。あなたがアイドルにしてくれたおかげです。
これからも、あなたに支えてもらいながら、ちょっとでもお返しができるように頑張ります。
たくさんの言葉を浮かべながら、私は歌っていた。涙は一筋だってこぼれない。
歌うことに夢中だった。歓声でやっと我に返る、なんてちょっと格好がつかない終わり方だけど、きっと期待には応えられたって信じてみる。
次はちゃんとファンのみんなの顔を見て、覚えていられるようにならなくちゃ。
……次はこうしよう、って考えられることも、成長なのかな。そう思うと、少しうれしかった。
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