9: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/11/23(木) 20:49:34.24 ID:rdG/2M1Y0
公演は無事に終わって、舞台裏で衣装のままぼうっと佇んでいる。
みんなには先に着替えに戻ってもらった。そうすれば、きっと一人きりの私を、あの人が見つけてくれるから。
「好き。……! す、き……? ……うん」
ずっと言えなかった言葉は、あっさりとこぼれ出た。まるでそれが当然であるかのように……事実、言えないことの方が不思議だったのだけど。
口に出せたことへの感動は、どうしてか思ったより味気なかった。
「可憐、まだここにいたのか」
後ろから声が届く。それだけで落ち着いて、安らいでしまう声。私は自然と振り返っていた。
「プロデューサーさん……私、ちゃんと歌えました。……どう、でしたか?」
「今までで一番だった! 通しで歌えるようになってから殆ど時間を取れなかったのに、可憐はすごいな!」
「……そ、そう、ですか。よかったぁ……!」
ほっと息をつく。プロデューサーさんが嬉しそうに笑ってくれるから、私もゆるやかに笑顔を返した。
…………あれ。
「プロデューサーさん、その、えっと……。あれ……?」
私は、プロデューサーさんと二人だけの時間を作って、やろうとしていたことがあったはずなのに。
ほっぺたを、つう、となにかが伝った。
「……っ。ぁ……っ、ぇう、うぁ…………?」
「か、可憐!? 急に泣き出して、どうしたんだ!?」
どうして、私の心臓はこんなにも穏やかに脈打っているんだろう。
どうして、私はこんなにもまっすぐプロデューサーさんと笑いあっていられるんだろう。
どうして、私はプロデューサーさんにかける言葉を迷わなかったんだろう。
……どうして、私の身体は、熱を帯びてくれないんだろう。
考えれば考えるほど答えがはっきりしてしまいそうで、これ以上考えちゃダメだって確信する。
だけど、身体はとっくにわかってるんだ。だってこんなに胸が痛くて、涙を流しているんだから。
恋とよく似た切なさが作る痛みの正体なんて、きっと一つくらいしかない。
私の恋はもう、どこかへ踏み出して、行ってしまったのだ。私はそれを失くしてしまったのだ。
何よりも言いたいことだったはずなのに、いつまでも伝えられずにいたから。
あんなにも大きくて、大切だったはずの好きが、もう思い出にしか残っていない。実感なんてどこにもないのだ。だって、何も始まらないまま終わってしまった。
私は恋を歌うことで、恋に整理をつけてしまった。
恋と、プロデューサーさんと歩む道。選べなくて、整理できない気持ちが涙になっていたのなら、ちゃんと歌えたのは、つまりそういうことで。
私は自覚しないままに、その気持ちを過去にしてしまっていた。好きだ、って。ずっと、すごく、すごく伝えたかったはずなのに。
「ちが、ちがうん、ですっ、プロデューサーさん……! ぐす、しんぱい、いりません……から……」
「いや、そんなこと言ったって……」
プロデューサーさんは優しいけれど、気が利くようでちょっとだけ気が利かないから。掛け値なしに私を心配してしまうんだ。
……それがどんなにひどいことかなんて、知りようがないってわかってるけど。
…………やっぱり、おしまいにしなきゃ。形になることすらできなかったちいさな恋を、失恋にするためにはじめよう。
恋を失くして泣いているこの気持ちすら、思い出になってしまったら……本当に、恋なんてなかったことになっちゃいそうで。
そんなのいやだって思えるうちに、早く。はやく。
涙をぬぐって、私を支えようと歩み寄ってくれていたプロデューサーさんから、大きく距離を取った。
身体の半分は舞台に入ってしまっている。そのまま、もう一歩。一つだってライトが点いていない舞台の上から、プロデューサーさんへ。
にじむ視界を振り切るみたいに、目元をほころばせて瞼を閉じる。
……だって、プロデューサーさんの隣に立つアイドルには、笑顔を浮かべていてほしいから。
「プロデューサーさん……私は、あなたが大好きでした」
いつか、この恋は私に勇気だけを残してどこかへ行ってしまいました。
だから、アイドルとしてで十分です。ずっとあなたの傍で頑張らせてください。
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