5: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/11/23(木) 20:44:41.14 ID:rdG/2M1Y0
「はぁ……今日はだめだめだったなぁ…………」
その日の夜、お風呂に入りながら反省会。
すこしぬるめのお湯とバスオイルに混ぜたアロマの香りに包まれながら、自己嫌悪を解きほぐしていくように。
最近、うまくいかないこと。アイドルと恋。どっちも大切にしようとするのは、あんまりよくないふたつのもの。
どうして今日は、歌おうとしたら泣いてしまったんだろう。歌いたくないと思ったことなんてないのに、歌い続けていられなかった。
それは、レッスンだったから? 今なら、歌える?
おずおずと、前奏を口ずさんでみた。お風呂場に声が反響して、普段よりずっと聞き取りやすく響き渡る自分の声が心地いい。
ちょっとだけ気をよくして、少し大きな声で歌い始める。
「きょうは、あなたとわらいあえて……じぶんがちょっとすきになーれたよー……♪」
Bメロのはじめに、ついこの間見たプロデューサーさんの笑顔が重なった。
私を褒めてくれる、勇気をくれる、大好きな……。思い返すだけで、幸せで、せつない気持ちを胸に抱かせてくれる素敵な表情。
気づいたら、目元がうるんでいた。目の前がぼやけて、まばたきするとほっぺたをつう、と小さなしずくがなぞる。
歌うだけじゃ足りなかった私の気持ちがかわりに流れ出るみたいな、そんな涙だなって、おとぎ話みたいなことを考えてしまった。
「なにが……できるだ、ろ、なんでもでき、る、って……ぐすっ……しんじて、みるの……わた、し」
やっぱり涙は止めようがなくて、胸の奥を締め付ける感情は痛いくらいで、ワンコーラスも歌いきれない。
私の曲は、思っていた以上に私自身になってしまっていて。
……だから、今いちばん言いたい気持ちが伝えられないみたいに、この歌も歌いきれないのかな。
すき。好き。好きなんです、プロデューサーさん……。言葉にできなくなってから、いっそう膨れ上がっていくみたいみたいだった。
今はせめて唇だけでも形をなぞって、心の中で繰り返していたい。もどかしいけど、それだけで心が浮き上がるから。
ゆっくりとプロデューサーさんとの思い出を反芻しながら、きっといつの日かやってくる時のために、胸の奥で育てていたいんだ。
いつか、この恋が。この歌をちゃんと歌いきれたら、今度こそ私の気持ちをあの人に伝えられるかな。
「…………あぅ。のぼせ、ちゃった……?」
体感時間では、そんなに時間がたっていたとも思えないけど、身体はすっかり火照っていた。
ぽかぽかと、あるいはじんじんと全身が熱をもってしまっている。
湯船から出て、足元も思考もおぼつかない中で、頑張ろうとだけぼんやりと考えていた。
13Res/23.27 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20