3: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/11/23(木) 20:41:57.50 ID:rdG/2M1Y0
身体を揺らす振動と、ずっと響いていたかすかな機械の音が止まった。プロデューサーさんと私は揃ってシートベルトを外す。
「あ、あのっ。ぷ、プロデューサー、さん。その、お、お話が……」
「……うん? どうした、可憐?」
車を降りて、プロデューサーさんを呼び止めた。
劇場の駐車場……この場所を逃してしまったら、しばらく二人きりにはなれそうにない。
プロデューサーさんは振り返って、私のほうを見る。
ほんの少し視線が絡み合うだけで、自分が告白しようとしているんだって意識しちゃって、指先が震えた。
恋に恋する少女のように、あるいは愛おしさを歌うように。
この気持ちを余さず伝える方法を知っていればよかったけど、私にできそうなことと言えば、ただ言葉にすることくらい。
それだけでも、ひどく勇気が必要だった。
やめておこうかな、って思わずに済んだのは、今日、あなたが笑いかけてくれたからなんだよ。
私でもあなたと笑顔を分け合えるって思うだけで、自分にちょっと自信が持てて、もっと好きになってもらいたいって、思えるようになったから。
どうか、伝えさせてください。唐突でも、不器用でも、今、そうしたいんです。
「プロデューサーさん……わ、私、す、す…………」
「……っ、……? す……すっ…………!」
「……可憐?」
あれ、なんで、どうして。頭の中は、沸騰しそうなくらいの熱さに氷水をかけられたような混乱で支配されていた。
言葉に詰まってしまう私の悪い癖は、すぐには治ってくれそうにない。それくらいわかっていたけど、そうじゃなくて。
どんなに言葉にしたくっても、「好き」のひとことがカタチにならない。何かが引っ掛かってるみたいに声が出なくて、言葉を音として伝えられない。
勇気なら、ちゃんとあったはずなのに。伝えようって強く思っていたはずなのに。
プロデューサーさんの少し困惑した表情に、胸が握りつぶされちゃうんじゃないかってくらいの痛みに襲われて、さっきまでの気持ちがすぅっと消えていってしまうのを感じた。
ああ、せめて会話として成り立つようにごまかさなくちゃ。変な風になんて、思われたくない。
「す、涼しく……ううん、肌寒く、なってきましたね。もう、冬が近いんでしょうか」
「あっ、ごめんな、気が利かなくて。ほら、劇場は暖房ついてるだろうけど、上着、貸すよ」
「あ、えっ……? いえ、そんな……あ。その、あ、ありがとうございます……」
その場のごまかしだったから、続く言葉を考えてなくてあたふたとしてしまう。
流されるままに差し出された上着を受け取って、そうしなきゃ不自然な気がしたから羽織ってみた。
男の人の服だから、流石に私にはちょっと大きい。腰のあたりまですっぽりと覆われて、なんだかちょっと不格好だ。
駐車場から劇場までは五分もかからなかったけど、だからといってすぐに返してしまうのも変に思えたから、そのまましばらくの間借りてしまうことにした。
プロデューサーさんが帰ってしまう前にちゃんと返さなくちゃ……あれ、また話す口実ができてしまった。
劇場の控え室でぼうっと椅子に座っていると、羽織っている上着からプロデューサーさんのにおいを感じて、どきっとしてしまった。
包まれてるみたいで安心して、だからつい出来心で自分の身体を両腕で抱きしめてみた。
「〜〜〜〜っ……!」
本当に、プロデューサーさんに背中から……なんて、想像してしまって、もうだめだった。
どうしようもないくらい、私はプロデューサーさんのことが好きで、そういう言葉をうわごとのように繰り返してしまいそうになる。
事実、唇はもう何度もその形に動き続けていて、そんな自分に気づくだけで恥ずかしかった。
「……。……、……あ、れ…………?」
もういっそ、音にしてしまえば。そう思ったのに、どうしてか声が出ない。
さっきも感じた言葉がせき止められるような感覚は、プロデューサーさんを目の前にしているわけでもない今でさえ、消えてくれなかった。
ただ、好きと呟くことすらできないなんて。もどかしく私の内側で滞り続ける感情が少し苦しい。
伝えたい気持ちと伝えられない現実が、ゆっくりと、でも確かに不安を募らせていた。
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