86:名無しNIPPER[saga]
2018/03/01(木) 19:44:49.48 ID:NjFxGLD10
◇◇◇
ざふざふと雪を踏み鳴らしながら、ヘクマティアルはインカムに声を飛ばす。
「南、どこまで調べられた?」
『まあ、大体は。いまはソ連沿岸沖に潜航してるって。いやー、とんでもない化け物潜水艦だね』
無線の相手はミナミ・アマダ――自分の数少ない友人にして、共犯者。そして量子演算機<ヨルムンガンド>を開発したブレイン。
今回の作戦の真の目的は、あの部隊と接触し、機体及び母艦である潜水艦にヨルムンガンドで走査を行うことにあった。
仲間になって欲しかったというのも嘘ではないが、それはあくまでおまけのようなものだ。
ヨルムンガンドによる強制的世界平和――その実行に際して、彼女たちが障害になるかどうか。本当に知りたかったのはその一点。
事前の調査で、<ミスリル>という組織の規模や構成は大まかに知ることができた。
だがひとつだけ、異常に高いセキュリティを掛けられた情報項目があったのだ。
ハッキング対策として情報そのものが電子化されておらず、僅かなメールでのやり取りからおぼろげに浮かび上がってきたその存在。
世に出回っているものより遥かに高度な"存在しない筈の技術"。そしてミスリル内で唯一その運用を行っている部隊<トゥアハー・デ・ダナン>。
「で、どうだった?」
『たぶん、これだね。一か所、ヨルムンガンドでも通らない箇所があった。これはセキュリティレベルの問題じゃない。
多分、構造自体が既存の技術体系と異なるんだろう。ヨルムンは言わば桁外れの性能の計算機だ。
地球上のどんなパスワードでも瞬時に解析して開錠できるけど、使われてるのが火星人語なら話は別。
分かったのは名前だけだ。"レディ・チャペル"』
「推測もできないか?」
『おそらく艦の制御系に作用するものだと思う。
ログを漁ってみたけど、8月に一度だけ使用されてて、その際に操舵権のオーバーライドが起こってるから』
「それが船の制御中枢を担っているなら、沈めることは難しい、か……」
『おいおい、ココ。今回はあくまで調査だけって話だったじゃん。
あと、"おしゃべり"が後ろで凄いうるさいんだけど。向こうが今回の戦術データリンクへの干渉、こいつの仕業だって考えてて――』
「"本当に"そう考えてくれてるなら、問題はないんだけどね」
『あー、はいはい。殺されやしないから少し静かに――うん? ココ、なんか言ったぁ?』
「相手は想像以上にヤバイかも、だ。ミス・アンスズ――テレサ・テスタロッサ大佐は強敵だよ。こちらの思惑に気づいていてもおかしくない」
『どうすんの? ソ連軍の潜水艦全部そっちに回す?』
「いや――ここは待つ」
『待つ?』
「彼女は強敵だが、弱点がある。所属している組織が、現在アマルガムと抗争中ということだ。
おそらく最短で半年、長くても2年以内には両組織間で全面的な戦闘が発生するだろう。
結果はアマルガムの勝利、良くて相討ちが精々だ。そしてアマルガムの組織形態は、ヨルムンガンドを擁する我々にとってすこぶる相性がいい」
アマルガムは電子上のオンライン会議で組織の方向性を決議している。
そこに入り込むためのパスワードは複雑な方法で定められているが、電子データである以上、ヨルムンガンドならば暴くのは簡単だ。
「アマルガムは乗っ取っても、自滅させてもいい。
彼女がクーデターを起こしてミスリルの実権を握ろうとでもしない限り、我々の勝利は揺るがないというわけさ」
『逆に言えば、その子が自由に動けるようになれば私らヤバイってことじゃん』
「そうならないことを祈るしかないな。話は終わり?」
『あとひとつ。例のASだけど、それにも"レディ・チャペル"と似たようなものが搭載されてる。例によって詳細は不明だけどね。
ただ面白いことに、そのASの記録領域に日本の古文の問題が保存されてたんだよ。高校の宿題みたいだね、懐かしいものを見た』
「どこの高校のものか、調べられるか?」
『もう調べはついてる。ある学校の裏サイトでまったく同一の問題が挙げられてたよ。宿題は自分でやんなきゃダメだよね。
――都立陣代高校っていうらしい』
「……そのくらいの年ごろだとは思っていたが、まさか本当に高校に通っているのか? 学生と傭兵部隊との二足の草鞋とはね」
『気になるなら、さらに調べる? さすがに隊員のデータまでは吸い出さなかったから』
「いや、いい。ミス・テスタロッサが通っているというのならともかくね。
じゃ、切るよ南――続きは"そっち"で話そう」
待ってるよ、という返事を聞いてから、ココはインカムから指を離した。隣を歩く少年兵に微笑みかける。
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