35:名無しNIPPER[saga]
2017/11/22(水) 22:41:59.84 ID:290cDT/E0
◇◇◇
爆砕ボルトに点火。コックピットハッチが吹き飛び――かけるが、ハッチ上に堆積していた雪の重みで途中停止する。
そこから2、3度蹴りを入れて、ようやくハッチが雪の層を貫通。操縦席が地上と接続され、薄い光と新鮮な酸素が降りてくる。
事前に機体頭部を動かして隙間を作っていたとはいえ、さすがに数メートルの積雪を完全に除去することはできない。
脱出できただけ御の字だ。そう言い聞かせながらコックピットから這い出し、雪で出来た崖を登るような心地で手足を動かす。
そうして厚い雲の下、薄暗くなっている丘陵に、クルツ・ウェーバーは苦労しながらも生身を曝した。
「20分、20分ね……結構な時間だこと」
呟きながら、しかし油断なく周囲に視線を這わせる。
その軽いノリから誤解されがちだが、彼はミスリルの中で――いや、世界中を見てもトップクラスの狙撃手であり、そして狙撃屋にとって戦場の把握は最優先事項だ。
クルーゾーのM9から送られてきた映像と互いの位置情報で事前にある程度は把握できていたが、自分の目で見なければ分からないこともある。
クルツが立っている丘陵は、この山脈の中で比較的勾配のぬるい斜面だった。
雪崩の大部分がここを終着地としたようで、"雪だまり"のようになっている。
結果として圧縮された雪による起伏が幾つも生み出され、地形を複雑にしていた。
その起伏のひとつに目をつけ身を隠す。雪を何度か叩いて固め、伏射姿勢の際に照準が安定するようにするのも忘れない。
実を言えば位置的に、クルツはヘクマティアルの私兵たちに対して有利な位置取りをしている。武器商人一向は、クルツよりも下方に流されていた。
正確に言えば、クルツの方が彼女達よりも流されなかったというべきか。
雪崩で機体が横転した際、咄嗟にクルツがM9の左腕を地面に突き立てたのは、狙撃に有利である高所を失いたくなかったからだ。
結果的に自分のM9の左腕は酷い壊れ方をしたが、きっと許してもらえるだろう――いや、無理だ。あの整備親父がキレないわけがねえ。
「だからこそ、ここで点数稼いでおかねえとな――こちらウルズ6、いま位置についた」
『だったら早く援護しなさいっての! 銃声聞こえてるでしょうが!』
ヘッドギアに仕込まれた通信機の向こう側と、クルツのいる下方から断続的な発砲音が響いている。ついでにメリッサ・マオの罵声も。
私兵たちとの距離は、共に流されたメリッサ達の方が近い。すでに両者は接触し、撃ち合いが始まっている。
慎重に起伏から顔を覗かせ、現場を確認する。スポッターがいない以上、いきなりスコープを覗き込んで視野を狭くするような素人くさい真似はしない。
敵の数は三人。例の爆弾魔に、モデルのようなスタイルのナイフ使い、そして宗介の言っていた少年兵。
自分と同じように雪の起伏に身を隠しながら景気よく自動小銃を撃ちこんでいる彼らに対し、
私兵たちの陣地から20mほど離れた地点にある木立を盾にしながらメリッサとクルーゾーが散発的に反撃して接近を防いでいる。
SRTはあらゆる軍事方面のスペシャリストが集められた最精鋭だ。ASの操縦技巧だけではない。白兵戦においても各自が一流以上の腕前を持つ。
だがヘクマティアルの私兵もさるものだった。交替で弾幕を張りながらじわじわと距離を詰めている。
人数と弾薬の差は如何ともしがたい。このままでは先にメリッサ達の弾薬が切れるか、数で制圧されるのはそう遠い未来の出来事ではないだろう。
スペックたちの救援が間に合うかは微妙なところだ。
手にしたボルトアクション式の旧式ライフルを構え、ボルトレバーを引いて薬室に弾薬を送り込む。
メリッサ達と相対している敵との距離は目算で100m程。自分の腕前なら鼻先と言っていい距離だった。
「へいへいっと。いい位置を取れてんだ。いま一人減らす。姐さんに中尉殿、すみませんが弾幕を張って連中を釘付けにしていただいても?」
『留めるのは5秒が限界だ。やれるか、ウルズ6(ウェーバー)』
「2秒あれば十分だぜ」
クルーゾーの声に軽口を返しながら、しかしクルツの目は既に氷の様な冷たさを帯びていた。
レシーバーとトリガーに添えられる手の感触が消え、ライフルと一体化していく感覚が湧き上がる。
獲物を前にした興奮も、外すかもしれないという恐怖もない。目の前の光景が、無味乾燥なただの情報に変じていく。
メリッサとクルーゾーが木陰から僅かに身を晒し、少ない弾薬を盛大にふるまい始める。僅かに私兵たちの動きが止まる。
スコープの先に映るのは、例の爆弾魔ウィリアム・ネルソン。
今だ。
引き金に掛かった指だけが、機械的に動く。
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