8: ◆FVs4HrY/KQ
2017/10/06(金) 20:53:36.49 ID:7+Q2lD4p0
“ありがとうございます、ごめんなさい” という虫の羽音のような言葉は、それでも尚、Pさんの耳朶に届いたようでした。
“すまない、文香。せっかくの誕生日がこんなことになってしまって”
Pさんが庇ってくれなければ、おそらくはもっと酷いことになっていたのに。
この人はいつだって、自分を蔑ろにしてでも私のことを気にかけてくれていたのです。
そのことがいつになく腹立たしくて、悲しくて、そして狂おしいほどに愛おしく思えました。
言いたい、言ってしまいたい、すべてを、私の心の中のすべてを…。
そんな大それた考えは、しかし、いつものように胸の奥底へと押し込みました。
Pさんはお酒を飲み慣れているだけあって、自身の状態を正確に把握していたようです。
“限界の一歩手前で離脱できたから、戻してしまう心配はいらない”と冗談めかして言ってくれました。
思わずクスリと笑うと緊張もだいぶ解けてきて、同時にその状況をとても楽しく感じている自分に気が付きました。
ベッドの外ではいまだ騒がしいのに、こちらでは二人毛布に包まれながらコソコソと内緒話しているのです。
まるで、書庫の奥で見つけた秘密の書物の頁を、二人で一緒に捲っているような心地でした。
Pさんが初めてお酒を飲んだときのことを聞きました。
Pさんはリキュールがベースのカクテルが好きだと教えてくれました。
お酒で大失敗した経験談は、突拍子もない展開が盛りだくさんで驚きと笑いの声を抑えるのに苦労しました。
無理せずお酒と付き合っていけばいいと言ってくれました。
今美味しく感じなくても、いつか美味しいと思える日が来るらしいです。
そして“改めて誕生日おめでとう。文香の20歳の誕生日に立ち合えて俺は幸せだ”と。
胸の奥がチリチリとこそばゆくて、息苦しいのに、心地よくて…。
深呼吸を繰り返しても収まる気配はなく、それはきっと『ときめき』というものでした。
これまでに彼から何度もらっていて…それでも決して飽くことのない素敵なキモチ。ときめき。
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