5:名無しNIPPER
2017/10/01(日) 11:12:47.66 ID:rGr4vwwsO
最後の朝、鬼は改まって居住まいを正すと、頭を床につけたまま、話し出した。
「一月の間、本当にお世話になりました。これで閻魔大王様の前にも堂々と報告ができます。私がこのような因果を背負った理由も、見えてきました。しかし、どうしてもわからぬことがございます。それを最後の質問とさせてくださいませ。」
「どのようなことでしょうか?」
「繰り返し出てきます、『すべては移り変わるものであり、実態なきものである』という部分でございます。この命もまた、いつか絶えるもの。それゆえ、この命をどう使うかが肝心であることもわかりました。しかし、わが身のひもじさは耐えられても、わが子が『ひもじい』と泣く声は、どうして耐えられましょうか。子供に何の罪がございましょうか。私はそれゆえに、最初の罪を犯しました。私は、いったいどうすればよかったのでしょうか。」
私はしばらく声すら出せませんでした。私ならば、どうするでしょうか。半時ほども考えましたが何の糸口もみつからないまま、俺は口を開いた。
「すみません。私にはわかりません。わかりませんが、これは私の持論で、私の勝手な解釈ですが、こう思います。その問いを追求していくことこそが、道を求めるということなのではないでしょうか。」
鬼はしばらく、まっすぐにこちらを見ていましたが、やがて再び頭を下げました。
「ありがとうございます。私も、それを追求してまいろうかと思います。」
「そうですか。もし何処かで菩薩にでもあったなら、訊いてみてください。私の考えが正しいとは限りませんので。」
こうして私は鬼と別れました。今生で縁ありしものは、来世でも何かしらの縁があるといいます。あの性分ならば、おそらく次に会う時は、こちらが教えを請う立場になるでしょう。その折には、この一月の記憶はないでしょうが、実に楽しみです。少し意地悪をした時に見せた、なんとも困った顔を思い出し、私は一人、小さく笑いました。
明日、里に下りてみましょう。そして今後は、もう少し人と交わって生きていきましょう。鬼との一か月間で、私の心にも大きな変化が生じていました。
ふと玄関前の梅を見ると、気の早い蕾が膨らみはじめ、メジロ達が澄んだ空に春の予感を歌っていました。
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