206: ◆Xz5sQ/W/66[sage saga]
2018/03/13(火) 21:45:43.35 ID:N0yNt449o
今、老人は晴れやかな面持ちで桜の木の下に立っている。
まるでこの植物の美しさに心奪われてしまったように枝と花とを見上げている。
そんな彼の視線が自分の方へと向けられて、百合子は思わず身震いした――ああそうだ。
目の前の彼は生前となんら変わらぬ姿かたちをしているが、その心はやはり死人なのだ……老人が言う。
「また、咲かせてくださいねぇ」
返事は待ってくれなかった。
百合子の見事な灰の撒きっぷりに、この子ならば大丈夫だと安心して逝ったようにも思われるし、
単に心残りであった仕事を押し付けられただけにも感じられる。
だがどのみち真実を知る機会はたった今の瞬間に失われ、
百合子はどこからどう見ても中身がただの灰に戻ったバケツを手にポツンと取り残されていた。
朋花が、そんな百合子の隙の多さに呆れた様子で首を振る。
「百〜合〜子〜さ〜ん?」
「はいっ!? な、なんでしょう?」
「まんまと憑りつかれてしまったようですね〜。
本来、ああして死者と約束を交わすのは大変危険な行為なんですよ〜」
「そ、そうなんですか? アレでも、約束しちゃったことになるんですか!?」
「勿論です。死者を見れば押し売りと思え……来年もこうして花を咲かせないと、最悪憑り殺されてしまうかも――」
「うえぇぇぇっ!!? いっ、嫌です! そんなの絶対嫌ですうぅぅ〜〜〜!!」
イヤイヤと首を振る百合子。一人真相を知る朋花が、
「まぁ、それについてはおいおい考えて行きましょう〜」と面白そうにくすくす笑う。
そうして二人の間に吹いた風が件の老樹『人喰い桜』――その昔は一晩限りで花をつけ散らす、
美しくも不思議な一夜桜と呼ばれていた――の花びらを攫って空高く舞い上げるのだった。
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