百合子「愚者の私に出来ること」
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8:名無しNIPPER[saga sage]
2017/09/15(金) 18:55:25.12 ID:GkhDt2Oq0
 絵。何が。コンクールの。誰の。私の。それに、七尾先輩って。

 色々な感情が頭の中と胸の内側で好き勝手に暴れ回っていて、上手く答えが出てくれない。

「待って――っ」

 そこまで口にして私は、気付いてしまった。

 私は。

 私は、彼女を呼び止めるための言葉を、持ち合わせていない。彼女の名前を、知らないのだ。

 それどころか、顔だって覚えていはしなかった。

 一年生なのか、二年生なのかもわからない彼女の姿は私が逡巡している内に師走の街に溶けて消えてしまって、ただ呆然と口を半開きにして、伸ばしかけた手を下ろすこともせず固まったままの、端から見れば滑稽だとしか言えない私がここにいる。

 絵を好きだと言われたのは、初めてのことだった。

 元から私は絵を描くよりも本を読んでいることの方が好きで、美術部に入った理由だって他にないからという後ろ向きなものでしかなかった。

 それに、画力だってきっと底辺すれすれだろう。だけど、彼女はそんな私の絵を、確かに好きだと言ってくれた。

 一体あの子は、私の絵の何をそんなに気に入っていたのだろうか。デッサン。構成力。パース。色遣い、筆遣い。自分ではどれをとっても壊滅的で、とても人に見せられたものじゃないと思っていたけれど、あの子にとっては、違ったのだろうか。

 わからない。答えはもう、寒風に乗って何処へと消えてしまったのだから。

 足を動かせば、間に合っていただろうか。わからない。だけど、そうして追いかけたとしても私は、その子の誠意に対して応えられるようなものを持ち合わせてなどいない。

 それどころか、追い打ちをかけるように記憶の引き出しからこぼれ落ちた小さな欠片が、私に一つの出来事を思い起こさせる。



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