29:名無しNIPPER[saga]
2017/09/11(月) 18:01:26.89 ID:4sMggCAno
雪美の言う「滝」は川の細かい支流の先にあり、つまり森の中を進んだ奥にあった。
そして実際、その滝とは単に岩間から湧き水が流れ出ている程度のもので、高さはあるけれども幸子が想像していたような水量の規模ではなかった。
しかしそこはまぎれもなく秘境であった。
コケの生えた岩の隙間を透明な水がおどるように零れ落ちていく。
辺りはうっそうとした木々に囲まれているけれども足元の湿った地面には雑草が少なく、代わりにびっしりコケが群生している。
思わず深呼吸したくなるような爽やかな水の匂いがする。
いつの間にか虫の音や鳥の声は遠のき、やがて水流のせせらぎの他には何も聞こえなくなった。
それはまさに神秘の体験だった。
自分の心臓の鼓動までもが風景に溶け込んでいくようだった。
幸子は我を忘れて絶え間ない水の奔流に見惚れた。
目の前に広がる瑞々しい自然の絵、その運動の鮮やかな法則、肌に触れる冷気、意識しない音……
それらはすべて一つの世界であった。
この発見に何て名前をつけたらいいんだろう、と幸子は思った。
しかし咄嗟に言葉が出てこなかった。
(今ここに見える世界のすべてを小さく丸めて持ち帰ることができたらどんなに素敵だろう)
幸子はこの感動をどうにか忘れたくない一心でそんな事ばかりを頭の中に思い浮かべていた。
「幸子……?」
雪美に呼びかけられて我に返った。
「カメラ……撮らなくて……いいの……?」
この日、午後、幸子は雪美とペロと一緒にひたすら自然の風景を写真に撮って遊んだ。
これから先の未来、自分がこの夏の一瞬一瞬をわずかばかりも思い出せたら、それはどんなに幸福な人生だろうと夢見ながら……
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